渋沢栄一先生から学ぶ、お金に対する心得

日本資本主義の父と呼ばれる、渋沢先生から学びたい項目の一つであります。 渋沢先生は、“論語と算盤”という著書の名からも推測できる通り、富貴(経済)と仁義(道徳)は、一致しなければならないという思想を一貫して説いており、賢 … 続きを読む

渋沢栄一先生から学ぶ、発言に気をつけること

渋沢先生は、“口は禍福の門なり”という節にて、以下のように語っています。 余は平素多弁の方で、よく種々の場合に口を出し、あるいは演説なぞも所かまわず、頼まれればやるので、知らずしらず言い過ぎることなぞあって、人からしばし … 続きを読む

渋沢栄一先生から学ぶ、得意時代に気をつけること

夜、己の一日の行動・言動を振り返るようになって、その日あった良くなかった点を、また、どうすべきであったか、どうすべきであるかを書き記しております。そうすると、些細な事から始まって、自分が出来ていない多くのことを発見、意識 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十七 積善の家に余慶あり

尊徳先生は、禍福吉凶について以下のように述べています。 方位によって禍福を論じ、月日によって吉凶を説くということが昔からある。世間の人はこれを信じているけれども、そんな道理があるはずがない。禍福吉凶は、方位や月日によって … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十六 富裕者の心得

尊徳先生は、富裕者が心得なければならないことを以下のように説いています。 「論語」に「魯の哀公が有若(孔子の門徒)にお尋ねになった。『凶作で財政が足りないが、どうしたらいいだろうか』。有若がお答えしていうには、『いっそ一 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十五 堯の喜び

昔、堯という中国の聖天子は国を厚く愛し、刻苦精励して国家を治めた。国民が歌った。「井戸を掘って水を飲み、田を耕してご飯を食べる。私たちは帝の力を少しも借りていない」 堯はこれを聞いて、大いに喜んだという。普通の人間なら、 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十四 贅沢癖は生涯の大損

尊徳先生は、以下のように贅沢は生涯の大損ということを説明しています。 いくら財産が豊かで位が高くても、質素に暮らし、 驕った贅沢な生活を家法の中で厳しく禁じておかなければならない。 なぜなら、奢侈は、欲望によって利を貪る … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十三 忠孝における“中”

親に対する孝行、主君に対する忠義における“中”というものは、どういうことか、説かれています。 聖人は“中”を尊ぶ。そしてその“中”というものは、ものによって異なっている。あるいは、そのものの中間に“中”がある場合がある。 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十二 交際は囲碁将棋のように(交際のコツ)

交際は、人道上必要なことだが、「交際の道」は将棋や囲碁の作法を手本にするのがよい。将棋の作法では、実力のある者は、対戦相手の力に応じて持ち駒を減らし、相手の力とつりあう条件にしてから、さすということになっている。実力差が … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十一 最高の孝

孝というのは、親の心をもって心として、親を安心させることにある。子たる者は、常日頃の行いや心がけがしっかりしているなら、たとえ遠国で奉公し父母に会えなくても、褒賞を受けた者がいると聞いて、その父母はそれがわが子でないかと … 続きを読む