菜根譚に学ぶ「見えないところほど気をつける」

肝、病を受くれば則ち目は視ること能わず、腎、病を受くれば則ち耳は聴くこと能わず。 病は人の見ざるところに受けて、必ず人の共に見るところに発す。 故に君子は罪を昭々に得ることなきを欲せば、先ず罪を冥々に得ることなかれ。 参 … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「埋没するなかれ」

身を立つるに一歩を高くして立たざれば、塵裡に衣を振い、泥中に足を濯うが如し。如何ぞ超達せん。世に処するに一歩を退いて処らざれば、飛蛾の燭に投じ、羝羊の藩(まがき)に触るるがごとし。如何ぞ安楽ならん。 参考:菜根譚 (タチ … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「わきまえることを知る」

卑(ひく)きに居りて而る後、高きに登るの危きたるを知る。 晦(くら)きに処りて而る後、明るきに向うの太だ露わるるを知る。 静を守りて而る後、動を好むの労に過ぐるを知る。 黙を養いて而る後、言多きの躁たるを知る。 参考:菜 … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「100でも0でもいけないこと」

完名美節は、宜しく独り任ずべからず。 些かを分って人に与うれば、以て害を遠ざけ身を全うすべし。 辱行汚名は、宜しく全く推すべからず。 些かを引いて己に帰すれば、以て光を韜み徳を養うべし。 参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫 … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「ゆずるこころ」

経路の窄(せま)き処は、一歩を留めて人の行くに与え、滋味の濃(こま)やかなる的(もの)は、三分を減じて人の嗜むに譲る。これは是れ世を渉る一極の安楽の法なり。 参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田公平 狭い小みちでは、 … 続きを読む

菜根譚 – 草の根を食べるほどの逆境におかれても

菜根譚は、中国明代末期、洪自誠(洪応明)によって書かれた処世哲学の書です。 当時、中国ではさほど読まれず、明治時代に入ってから日本でよく読まれるようになりました。 しかし、近年、中国や韓国でも広く読まれるようになったそう … 続きを読む