天に任せる

君子はその位(くらい)に素して行い、この外を願わず。 富貴に素しては富貴に行ない、貧賤に素しては貧賤に行ない、夷狄(いてき)に素しては夷狄に行ない、患難(かんなん)に素しては患難に行なう。 君子入るとして自得せざるなし。 … 続きを読む

功の成るは成るの日に成るにあらず

功の成るは成るの日に成るにあらず、けだし必ず由(よ)って起こる所あり。 過(わざわい)の作(おこ)るは作るの日に作るにあらず、また必ず由って兆(きざ)す所あり。 (蘇洵、管仲論より) 人はある日突然成功するわけではありま … 続きを読む

算多きは勝つ、戦わずして勝つ

孫子の計篇の最後にこうあります。 夫れ未だ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。 未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。 算多きは勝ち、算少なきは勝たず。 而るを況や算なきに於い … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「平凡・平易の中にこそ」

禅宗に曰く、「饑え来たりて飯を喫し、倦み来たれば眠る」。詩旨に曰く、「眼前の景致、口頭の語」。けだし極高は極平に寓し、至難は至易に出で、有意のものはかえって遠く、無心のものはおのずから近きなり。 参考:菜根譚 (タチバナ … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「意識に捉われない生き方」

山林の楽しみを談(かた)る者は、いまだ必ずしも真に山林の趣を得ず。 名利の談を厭う者は、いまだ必ずしも尽(ことごと)く名利の情を忘れず。 参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田公平 田舎暮らしの楽しみを口にする者は、ま … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「達人の楽しみ」

世人は心の肯(うけが)うところをもって楽しみとなし、かえって楽心に引かれて苦処にあり。 達士は心の払(もと)るところをもって楽しみとなし、ついに苦心のために楽しみを換え得来たる。 参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田 … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「外見に捉われるな」

功業に誇逞(こてい)し、文章を炫燿(げんよう)するは、皆これ外物によりて人となるなり。知らず、心体は螢然(えいぜん)として、本来失わざれば、たとえ寸功隻字なきも、またおのずから堂々正々、人となるの処あるを。 参考:菜根譚 … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「足すより引けば幸せになれる?」

水は波だたざれば則ち自ら定まり、鑑(かがみ)は翳(くも)らざれば則ち明らかなり。 故に心は清くすべきことなし。 そのこれを混(にご)らすものを去れば、清(せい)自ら現る。 楽しみは必ずしも尋ねず、そのこれを苦しむるものを … 続きを読む

菜根譚に学ぶ「特別を求めるよりは」

私恩を市るは、公議を扶くるに如かず。 新知を結ぶは、旧交好を敦くするに如かず。 栄名を立つるは、隠徳を種うるに如かず。 奇節を尚ぶは、庸行を謹むに如かず。 参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田公平 私的な恩義をおしつ … 続きを読む