先日、九段下に用事があり、帰りに靖国神社へ参拝しました。靖国神社には幕末・明治維新以降の戦争で、天皇・朝廷・政府側の立場で命を捧げた戦没者240万の英霊が眠っています。
明治維新、戊辰戦争から大東亜戦争まで、若い多くの命が奪われました。境内に置いてある、神風特攻隊員の遺書を見ると涙が流れます。今の日本があるのも、全て先人あってのものなのだと強く感じます。
今現在日本には幸い戦争はありません。死に直面する機会は随分と減りました。しかし、死が遠くなったわけではありません。
二宮尊徳翁が夜話にて、「人生限りあり」とよんでいます。
人と生まれ出でたるうえは、必ず死する物と覚悟する時は、一日活きれば即ち、一日の儲け、一年活きれば一年の益なり。故に本来わが身もなき物、わが家もなき物と覚悟すれば、あとは百時百般みな儲けなり。
維新や戊辰戦争でも、大東亜戦争でも自分と同じ、あるいはもっと若い人間が国のために死んでいきました。
今の自分はすでになき物と考えると、一日生きること、一年生きることは全て儲け物と考えることができます。
この儲けた命を無駄に使うことのないよう、先人に恥じることのないよう、心して活きたいと思いました。