二宮尊徳の教え 其の十七 積善の家に余慶あり

尊徳先生は、禍福吉凶について以下のように述べています。 方位によって禍福を論じ、月日によって吉凶を説くということが昔からある。世間の人はこれを信じているけれども、そんな道理があるはずがない。禍福吉凶は、方位や月日によって … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十六 富裕者の心得

尊徳先生は、富裕者が心得なければならないことを以下のように説いています。 「論語」に「魯の哀公が有若(孔子の門徒)にお尋ねになった。『凶作で財政が足りないが、どうしたらいいだろうか』。有若がお答えしていうには、『いっそ一 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十五 堯の喜び

昔、堯という中国の聖天子は国を厚く愛し、刻苦精励して国家を治めた。国民が歌った。「井戸を掘って水を飲み、田を耕してご飯を食べる。私たちは帝の力を少しも借りていない」 堯はこれを聞いて、大いに喜んだという。普通の人間なら、 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十四 贅沢癖は生涯の大損

尊徳先生は、以下のように贅沢は生涯の大損ということを説明しています。 いくら財産が豊かで位が高くても、質素に暮らし、 驕った贅沢な生活を家法の中で厳しく禁じておかなければならない。 なぜなら、奢侈は、欲望によって利を貪る … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十三 忠孝における“中”

親に対する孝行、主君に対する忠義における“中”というものは、どういうことか、説かれています。 聖人は“中”を尊ぶ。そしてその“中”というものは、ものによって異なっている。あるいは、そのものの中間に“中”がある場合がある。 … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十二 交際は囲碁将棋のように(交際のコツ)

交際は、人道上必要なことだが、「交際の道」は将棋や囲碁の作法を手本にするのがよい。将棋の作法では、実力のある者は、対戦相手の力に応じて持ち駒を減らし、相手の力とつりあう条件にしてから、さすということになっている。実力差が … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十一 最高の孝

孝というのは、親の心をもって心として、親を安心させることにある。子たる者は、常日頃の行いや心がけがしっかりしているなら、たとえ遠国で奉公し父母に会えなくても、褒賞を受けた者がいると聞いて、その父母はそれがわが子でないかと … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の十 驕りと倹約の基準

世間の人は、貧富や驕(必要以上に贅沢なこと)、倹(無駄遣いをしないこと)について、口では簡単にいうが、何をもって貧と富、驕と倹を区別するのか、はっきりしていない。天下には、もとより大も限りがなければ小も限りがない。十石を … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の九 毎年の実り(富盛の地に住むコツ)

儒教における「循環」や仏教における「輪廻転生」というのは、すなわち天理のことである。「循環」とは春は秋になり、暑は寒になり、盛は衰に移り、富は貧に移ることをいう。したがって仏教はこの「輪廻転生」を脱して極楽に往生すること … 続きを読む

二宮尊徳の教え 其の八 根を切ったら枝葉も切る

植木を植えるときに、根を切ったら、必ず枝葉も切り捨てなければならない。 根が少なくて水を吸う力が弱いなら、根の力に合うようにしなければ枯れてしまうのである。 これは例えば、人の財産も、稼ぎが欠け、家株(その家が持つ特権、 … 続きを読む