「世界の王」はこうしてつくられた

2009 年 7 月 24 日 Published by noguchi under ブログ

致知8月号に王貞治さんと当時バッティングコーチを務めた荒川博さんの特集がありました。

王さんがいかにしてつくられていったか。
教える側(荒川さん)、教えられる側(王さん)という図式での対談でした。

この中で一番印象的だった点は三点。

一、努力の度合い

毎日100本バットを振っている。これも練習だ、努力だ。
俺は300本バットを振っている、自分は500本振っている…。
でも、1000本振っている人から見たら、300本も500本もみんな怠け者だよ。
だから「度合い」の違いなんだ。
100本、200本のスイングをするくらいで「努力だ」なんて恥ずかしいから言うな。

まさに、今自分がしていることを「努力」だなんて思ったら、それは、とんでもない。
そう思うことは「恥ずかしい」ことなんだと教えられました。

二、やれるまでやる

最初のうちは、なかなか効果が出ませんでした。だけど、何でもそうじゃないですかね。
目に見えてその成果が現れるようになるには、相当の量をこなさなければならない。
でも大部分の人が途中で諦めてしまうんです。

成功者が必ずといっていいほど語るフレーズです。
王さんしかり。やはり、成功するまでやり続けるから成功できるのだ。ということでした。
途中の失敗や挫折も、そこで諦めないからこそ、達成できるということを改めて教えられました。

三、プロは人間じゃない

人は「人間だからミスはするもんだよ」と言いますが、初めからそう思ってやっては必ずミスをする。
プロにミスは許されない。プロは自分のことを、人間だなんて思っちゃいけないです。

と王さんは語っています。

世界を獲るということは、このようなことでなければ成らないのだと改めて「意識」させられました。

生半可ではいけません。
自分はとにかく自分に甘いので、どうやったら自分を追い詰められるか。
もっともっと自分を追い詰めていかなければならないと感じました。

PS.
王さんもプロ入団3年間は遊び半分、仕事半分という具合でそこそこの成績でした。
何しろ3年間銀座通いを欠かしたことがない。とのこと(笑

その後、荒川コーチがついてからは「きょうから酒と煙草をやめろ。
彼女がいりゃ、彼女も捨てて、バカ一筋になって三年間打ち込め」

という方針だったそうです。

誰しもが最初から完璧に出来たわけではありません。

荒川コーチ曰く「気持ちを入れ替えて、これから始めればいいんだ」と。

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佐藤一斎に学ぶ 酒三則(酒には注意しろ)

2009 年 6 月 25 日 Published by noguchi under ブログ

54、酒三則 その一

佐藤一斎酒は穀気の精なり。微(すこ)しく飲めば以て生を養う可し。
過飲して狂酗(きょうく)に至るは、是れ薬に因って病を発するなり。
人参、附子(ぶす)、巴豆(はず)、大黄(だいおう)の類の如きも、
多く之を服すれば、必ず瞑眩(めんけん)を致す。
酒を飲んで発狂するも亦猶お此(か)くのごとし。

酒は穀物の気の精である。これを少し飲めば養生によい。
飲み過ぎると、気違い沙汰を呈するようになるのは、薬によって発病するようなものだ。
人参、附子、巴豆、大黄の類も、多く服用すると、必ずめまいを生ずる。
酒を飲んで発狂するのもこのたぐいである。

55、酒三則 その二

佐藤一斎酒の用には二つあり。
鬼神は気有りて形無し。故に気の精なるものを以て之を聚(あつ)む。
老人は気衰う。故に亦気の精なる者を以て之を養う。
少壮気盛なる人の若(ごと)きは、秖(まさ)に以て病を致すに足るのみ。

酒の用い方には二つある。
一つは神は気があって形体のないものであるから、酒を供えてお招きする。
二つは老人は元気が衰えるから、酒によって元気を養うがよい。
元気盛んな若者は、酒を飲むと病気を引き起こすだけだから飲まないがよい。

56、酒三則 その三

佐藤一斎勤の反を惰と為し、倹の反を奢(しゃ)と為す。
余思うに、酒能く人をして惰を生ぜしめ、又人をして奢を長ぜしむ。
勤倹以て家を興す可(べ)ければ、則(すなわ)ち惰奢以て家を亡すに足る。
蓋(けだ)し酒之れが媒(なかだち)を為すなり。

勤勉の反対が怠惰であり、倹約の反対が奢侈(贅沢)である。
私は思うに、酒は、人を怠惰にし、またおごりの心を長ぜしめるものであると。
勤勉、節約が家運を興こさせることができ、怠惰、贅沢は家を亡ぼすもとである。
後者の場合、酒がこの仲介をするものである。

佐藤一斎先生も、お酒には十分注意するように説いています。
これは、二宮尊徳先生も、よくよく言っていたことでした。
身を興した先人らは、これらをよく守っていました。

何事もなく(!?)、お酒を楽しんでいるときには、全く縁のなかった教えですが、
今では、身に沁みる言葉です。
お酒ではしゃいでいるときには、この言葉に出会うことはありませんでした。
或は、出会っていてもスルーしていたのか…

どちらにせよ、精気盛んな若者にはお酒は不要だということが、今ではよくわかります。
ただ、若者であろうが、老人であろうが、精気を養う必要がある人には薬となります。

分別をわきまえている人に、このような忠告は不要であると思いますが、
自分のように、度が過ぎることがよくある人間は、重々注意をしたほうがよいぞ。
と、先人達は教えてくれています。

勤倹が身を家を興し、奢侈が身を家を破滅させるものだと改めて注意したいと思いました。

言志四録 1 (講談社学術文庫 274) 言志四録 1 (講談社学術文庫 274)
佐藤 一斎

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二宮尊徳の教え 其の十四 贅沢癖は生涯の大損

2009 年 5 月 18 日 Published by noguchi under ブログ

尊徳先生は、以下のように贅沢は生涯の大損ということを説明しています。

いくら財産が豊かで位が高くても、質素に暮らし、
驕った贅沢な生活を家法の中で厳しく禁じておかなければならない。
なぜなら、奢侈は、欲望によって利を貪る気持ちを増長させ、慈善の心も失わせてしまう。
そして自然に欲深くなり、ケチくさくなって、仕事の上でも不正を働くようになり、
その結果、災いも生じてくるのである。これは恐るべきことだ。

「論語」に「たとえ周公ほどの立派な才能があったとしても、傲慢でケチなら、
その他はどんなことでも見るに足りない
」とある。

家法において質素に暮らすことを定め、良くそれを守り、驕った贅沢な生活が習慣とならぬよう、
食事はご飯と汁物、着物は木綿とするのが、自らの身を助けるのだという真理を忘れてはならない。

(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉

確かに、立身出世を果した人物には、質素な人が多いように感じます。
例えば、以前ご紹介した安田グループ創始者、安田善次郎氏は、この言葉の通り、
終生質素倹約に生き、着物は木綿だったと言います。

また、先日、会津藩校日新館にて論語の講義に出席しましたが、
若松ガス創始者の高木先生も当日着ていた背広は30年着ているとおっしゃっておりました。
(二宮尊徳のような生き方を見習っているとのこと。)

尊徳先生は、さらに以下のように続けています。

何事も習慣となり、それが平常のことになってしまっては仕方がないものだ。
遊楽に慣れてしまえばおもしろいこともなくなり、うまい物に慣れてしまえば、
うまい物もなくなってしまうだろう。
結局これは、自分で自分の喜びや楽しみを減らしてしまっているようなものだ。

毎日勤労する者には、朔望(一日と十五日)の休日も楽しみであり、
盆や正月になればそれはもう大きな楽しみである。
こんなふうに休日が楽しみになるのは、平日の勤労に慣れているからである。
この道理を明らかにして、滅亡の根本原因を取り除かなければならない。

そして若い者は、酒を飲むのも、煙草を吸うのも、
月に四、五回に限定して、酒好き、煙草好きになってはならない。
それに慣れて酒好き、煙草好きが癖になっては、生涯の大損である。
よく慎みなさい。

滅亡の原因となる習慣を減らし、無くして、
癖にならないように慎まなければならないと説かれています。

身を滅ぼすようなことが癖になってはいないか?
身を助けることが疎かになってはいないか?
毎日内省しなければならないと思いました。

※若い者は…のくだり、ドキッとさせられました(汗

現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉 現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉
渡辺 毅

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