武士道の誠―なぜ「武士に二言はない」のか

2009 年 8 月 24 日 Published by noguchi under ブログ

新渡戸稲造孔子は「中庸」の中で誠をあがめ、超越的な力をそれに与えて、ほとんど神と同格であるとした。すなわち「誠なる者は物の終始なり。誠ならざれば物なし」と。
そして孔子が熱心に説くところによれば、誠は次の通りである。まず至誠は広々として深厚であり、しかも、はるかな未来にわたって限りがない性質をもっている。そして意識的に動かすことなく相手を変化させ、また意識的に働きかけることなく、みずから目的を達成する力を持っている。

と、稲造先生は解説しています。

中庸の書において、誠は「天の道」「天命」として基礎づけられました。孔子は論語の中で、「中庸の徳たるや、それ至れるかな」と絶賛しています。

武士にとって、嘘をつくこと、あるいは誤魔化しは、等しく「臆病」「弱さ」とみなされました。武士にとって「臆病」「弱さ」は不名誉であり、「二言」つまり二枚舌のために「死」をもって罪を償った物語は数多く残されています。よって、「武士の一言」は、断言したことが真実であることを十分に保証するものでありました。それが武士の誇りであったことは想像に難くありません。

「言」が「成」と書いて誠ですが、有言実行はもとより、「誠は天の道なり。これを誠にするは人の道なり」という孟子の言葉を噛みしめて生きていきたいと思います。

武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える   知的生きかた文庫 武士道―人に勝ち、自分に克つ強靭な精神力を鍛える 知的生きかた文庫
奈良本 辰也

ビジュアル版 対訳武士道 ビジュアル版 対訳武士道
新渡戸稲造博士と武士道に学ぶ会

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誠の働きは天地自然と一致する

2009 年 3 月 27 日 Published by noguchi under ブログ

「天地と三つに並んで対等」に続きますが、誠の働きというのは奥が深いことを知りました。

完全な誠のはたらきは継続的で止るときがない。
止るときがなければ長く続き、長く続けばその効果があらわれる。
効果があらわれたとなると、その誠の働きはどこまでもいつまでもはるかな遠くまで行き渡り(悠遠)、はるかな遠くまでゆきわたると、それは広々として上下に厚く行われ(博厚)、広々として上下に厚く行われると、それは高々として光明にあふれて行われる(高明)。

  • 「博厚」であることは、万物をその上に載せる「大地」のはたらきである。
  • 「高明」であることは、万物をその下に覆う「大空」のはたらきである。
  • 「悠遠」であることは、万物を成り立たせる「天地」のはたらきである。

完全な誠のはたらきは、大地のはたらきと一致し、大空のはたらきと一致し、天地とひとしく、無限無窮ということである。
こうしたはたらきは、それをことさらに見せびらかしているのではないのに、はっきりとあらわれ、ことさらに動かしているのではないのに、おのずからに変化し、ことさらな作為をするのではないのに、全てが自然に成し遂げられる。

(中庸:第十四章)

このように説かれています。

天地自然のような絶えることの無い慈悲に溢れたはたらきに、己の誠をいかに近づけていくか。
止まず追求していくか。大きな目標になります。
また、重要なのはやはり誠を「継続」させるということです。
継続こそが、結果を生み出す第一の条件だということを改めて認識させられました。

大学・中庸 大学・中庸
金谷 治

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