
※月刊致知5月号「巻頭の言葉」

※加藤豊仭先生の書@大町四つ角自由空間
今年は論語をテーマに勉強(東京在住の方、志講習会オススメですw)していますが、何と昨日と今日と連日、為政第二の「七十にして矩を踰えず」に出逢いました。
これは偶然ですか?笑
吾十有五にして~から始まるフレーズの中で、「七十にして心の欲する所に従って矩(のり)を踰(こ)えず」が一番好きです。
心の欲するところに従うとついついノリを超えまくってしまうので、これはどうにかしないと!と思うわけです。
だから、余計に孔子七十歳の境地に憧れます。
死ぬまでには何とか辿り着いてみたいなと思います。
先週土曜日、致知出版社主宰の新春特別講演会「人間力を高める」
に参加してきました。
1300人を超える致知読者の参加があり、12時開始にもかかわらず、
10時前から行列が出来ていました。
「人間力を高める」というテーマでこれだけの人が朝から集まるのは、
それだけで、なんだか自分まで嬉しい気持ちになります。
講演者は、宮城県慈眼寺住職 塩沼亮潤氏と、筑波大学名誉教授
村上和雄氏、致知出版社の藤尾秀昭社長でした。
致知ではおなじみのアサヒビール名誉顧問 中條先生や、
渡部昇一先生、ウシオ電機会長 牛尾氏、NHK会長の
福地氏もかけつけておりました。その他にも実業界から
沢山の著名人が参加しており、一同に会する姿を見て、
非常にわくわくしました。
今回は、1300人の前で朗読する機会も与えてもらい、
とても記憶に残るものとなりました。
致知に学ぶ同世代の同志も毎月微増ながら増えています。
致知はじめ、多くの同志に出会うことが出来たのも、
去年からはじめた志講習会のお陰です。
今年も、4月、6月、8月、10月、12月と隔月で開催する予定となりました。
今年のテーマは「論語」になります。
改めて儒教古典の原点に振り返りたいと思います。
志講習会、致知を通して出来た新しい出会いを大切にし、
その期待を裏切ることのないよう、日々自分を戒め、慎み
精進していきたいと思います。
発展途上国を拠点にしたバッグブランドを作る女性がいるというインタビューを読みました。
山口絵理子さん28歳。
大学を卒業した後、バングラデシュの大学院に進学、
卒業と同時にバングラデシュにて「マザーハウス」というブランドを立ち上げました。
元々は「学校、教育」というテーマで途上国に向かいましたが、
現場で求められていたのは、教育ではなく、雇用の場でした。
そこで、仕事を作り出すという方向にシフトし、現在では、
バングラデシュが生産拠点の「マザーハウス」と
ネパールが生産拠点の「マイティガル」というブランドを展開するにいたりました。
WEB→http://www.mother-house.jp/
途上国というのはまだまだあります。
今後、20カ国、30カ国とグローバルな企業になるべく、
「必ずできる」という信念で日夜奮闘しています。
同じ年代で世界で活躍している人は沢山います。
とても歯痒い思いですし、情けなさも感じます。
しかし、だからといって、気持ちだけでステップアップできるわけではありません。
今自分が出来ることをしっかりと我慢強く続けていくしかありません。
どの道にも、行き先には必ず光があります。
であれば、自分の道を地道に進むしかありません。
人の道はいいなと、道を途中で変えても結局0からスタートするだけです。
一歩一歩、今年も前に進んでいきたいと思います。
参考:致知2010年2月号
江戸時代後期の国学者に本居宣長がいます。
宣長先生は昼は町医者、夜は門徒への講義をしながら、深夜にかけての執筆活動で、古事記伝や源氏物語玉の小櫛、玉勝間、うひ山ぶみなどの著書を多数残しています。
宣長先生の門徒に大平という後の養子に迎えられた人物がいます。
この大平が「本居宣長は何によって偉い人になられたのですか。」という問いに対して答えた図があります。
恩頼図(みたまのふゆのず)です。
http://www.norinagakinenkan.com/norinaga/kaisetsu/onraizu.html
恩を受けた人が図の上に書いてあります。
父母や神様はじめ、学恩を受けた人物や著書など直接教えを受けずとも私淑した人物なども含まれています。
こうした「恩」「お蔭」の精神で学問に励んだからこそ、偉業を為しえたということでしょう。
宣長先生が詠んだ次の二首は伊勢の神宮会館のレストランの膳に添えられる箸袋に記されています。
「たなつもの もものきぐさも あまてらす ひのおおかみの めぐみえてこそ」(玉鉾百首)
食べ物となる植物が育つのも、天照大神の恵みがあってこそだ。
「あさよひに ものくふごとに とようけの かみのめぐみを おもへよのひと」(玉鉾百首)
朝夕に食事を頂けるのも、食物の神である豊受大神のお陰だということを思いなさいよ。
恩というものは計り知れないものです。
今の自分はどうしてあるのか?と問うと、次々と誰々の「お陰様」が浮かんできます。
それは、宣長先生と同様、、、と言うには憚られますが、父母あり、学恩を受けた師あり、私淑した先人あり、先人の記した書物あり。同志あり。です。
諸法無我。
私は私個人では存在しえません。
一切の縁起によって生かされていることを忘れず、恩の中に生きていきたいと思います。
参考:玉鉾百首(全首)の紹介サイト
【玉鉾百首】―前編― 【その1】
http://blogs.yahoo.co.jp/a313jyuon/2343923.html
【玉鉾百首】―前編― 【その2】
http://blogs.yahoo.co.jp/a313jyuon/2344036.html
【玉鉾百首】―後編― 【その1】
http://blogs.yahoo.co.jp/a313jyuon/2522544.html
【玉鉾百首】―後編― 【その2】
http://blogs.yahoo.co.jp/a313jyuon/2522598.html
【玉鉾百首】―余り歌―(三十二首)
http://blogs.yahoo.co.jp/a313jyuon/2565612.html
大本:http://www2u.biglobe.ne.jp/%257egln/77/7718/771851.htm
参考:致知2010年2月号
日本の教育の荒廃を嘆くニュースが年々多くなってきています。
民主党の今後の教育政策も気になるところです。
そんな中、偉人伝を中心に道徳教育を行っている現役教師二人
(三重県の中学教諭の渡邊毅氏と福岡県の高校教諭の占部賢志氏)の対談を
読みました。
本当の教育とは何か?また、本当の学びとは何か?
「本当の教育とは文化の継承である」
「本当の学びとは生きる意味が分かること」
と対談の中で占部氏は仰っておりました。
読み書き計算などの基礎学力は誰にも必須です。
しかし、いい高校に進学するための教育、いい大学に合格するための教育、
いい会社に入るための大学。
学んでいる当人は皆気付いています。
あまり意味がないと。
社会人になると気付きます。
大学で勉強することなんて、社会人で3ヶ月本気で勉強すれば身に付くことを。
年を重ねれば、必然的に教育をする側の立場になっていきます。
後に続く後輩たちに何を学んでもらうか。
益々人格を備えていかなければと思いました。
参考:致知2010年2月号
子日はく、「吾かつて終日食はず、終夜寝(い)ねず、以て思う、益なし。学ぶに如かず。」(論語)
自分は若い時、一日中食べることを忘れ、一晩中寝ることをやめて思索をめぐらしたが、何も得ることはなかった。やはり聖賢の教えを学ぶことのほうがはるかに益があると悟った。
聖賢の教えを学び続けるということは非常に重要だと思います。
去年一年でだいぶ古典を身近に感じるようになりました。
しかし、それらの教えが全て自分の血肉となっているかと言ったらまだまだ表面を学んだに過ぎません。
大半の教訓が文字のまま頭に入っているだけです。
「学びて思わざれば即ち罔(くら)し」とあるように、ただ文字を頭に入れるだけではなく、血肉とするために、学んだことをよく考え、毎日の生活にその教訓を活かしていきたいと思います。
「愚者は体験に学び、賢者は歴史に学ぶ」
体験から学ぶことは、強烈でそれこそ生きた学びになりますが、歴史から学べるものは、しっかりと学んでいく一年に改めてしたいと思います。
参考:致知2010年2月号
家はもらぬほど、食事は飢ぬほどにてたる事なり。これ仏の教、茶の湯の本意なり。水を運び、薪をとり、湯を沸かし、茶をたてて、仏にそなへ人にほどこし、吾ものむ。花をたて香をたく。みなみな仏祖の行ひのあとを学ぶなり。
千利休の南方録より。
貧しければ貧しいほどいいのだ。貧しいければ、何をいただいてもありがたいという気持ちになる。しかし、貧しさを知らなかったら“なんだこんなもの”と軽くあしらってしまう。そういう増上慢になったらいけない。
裏千家前家元 千玄室氏の師匠談。
などなど。
先週から始まった「NHK坂の上の雲」でも阿部寛氏が演じる秋山好古は贅沢を嫌い、身辺は単純明快を好む非常に質素倹約の人でした。
現代は、つい贅沢を好み、贅沢を追及してしまいがちですが、貧しさの中にこそ本当の贅沢(感謝の心)があることも決して忘れてはいけないことだと感じます。
偉人と呼ばれる人間に奢侈を嫌う人が多い理由をよくよく考え、贅沢をするために人物としての大成を目指すのではないことを肝に銘じたいと思います。
知足安分。
足るを知り、分に安んず。
外を追求するのではなく、内を追及していく。
そんなふうに生きて行きたいと思います。
参考:致知2010年1月号
辻口博啓氏という石川県出身のパティシエがいます。国際コンクールにおいて3度優勝。スイーツの専門店、カフェなどを複数経営しており、最近は、サマンサのジュエリーデザインやドコモの携帯デザインなど様々なフィールドで活躍しています。
辻口氏の実家は和菓子屋さんだったのですが、小学3年生の頃に友達宅で出された誕生日のショートケーキに大感動し、瞬く間に洋菓子の虜になり、洋菓子職人になることを志します。
貪欲に追求―盗めるものは盗む
高校を卒業すると、すぐに上京して住み込みで働ける洋菓子店を探します。最初は、初任給4万5千円、部屋代が1万5千円、将来お店を持つための貯金が1万円、自由に使えるお金は2万円という状態でスタートします。
職場では先輩の仕事を目で見て盗み、休みをもらう度になけなしのお金をはたいてお菓子屋巡りをして、コンクールで優勝しているようなお店ではゴミ箱もあさってその美味しさの秘訣を探ったと仰っていました。後で出てくるコンクールの話のときには、歴代の優勝者の写真を枕元において、自分とはどう違うのか考えながら寝ていたそうです。
目標を達成する熱意と気合
また、辻口氏はお金もコネもない自分がどうやったら機会を与えられるか考えたときに、コンクールで優勝するのが近道だと考えました。しかし、国内のコンクールで優勝しても状況は何も変りません。じゃ、世界だということで、フランスの国際大会に出ます。貯金をはたいて1ヶ月前から現地の安宿に泊り込みで準備を開始。安宿なので調理場が狭くて課題の準備ができないので、どうしたかというと、トイレをピカピカに掃除してそこで課題の練習をしたということでした。気が付いたら便器にもたれて寝ていたこともあるそうです。
トイレはどうかと思いますが(笑)その意気込み、熱意、気合が大切だということですね。国際コンクールで世界一になってからは、色々と仕事のオファーがくるようになり、お店を持つキッカケとなり現在に至ります。
努力の継続
寝る間も惜しんで朝から晩までお菓子一緒の生活を10年間続けると、お店を持つご縁を与えられたそうです。才能が無い自分でもひたすら努力をしたらお店が持てたということは、誰でも10年間努力をすればお店がもてるということだとも仰っていました。
―能力なんて関係ない。やるか、やらないか、それだけです。
やり続けることが一番難しい才能だとつくづく感じます。
変化し続ける―自分との戦い
有名になり、うまくいったからといってそのままでは飽きられてしまいます。時代は常に変化し続けます。だから自分も常に変化し続けることを心掛けています。と仰るように、お店の内装やメニューなども常に変えているそうです。だからこそ、今でも沢山のお客様に足を運んでもらえるのだと仰っていました。
ぶれないもの―信念と分度
色々な企業とのコラボレーションはありますが、辻口氏はぶれない志を持っています。それは、「お菓子と関係ないことはやらない」という信念です。
偉人は誰もそうかもしれませんが、自分の分度をわきまえている人が多いように感じます。分度、分限を超えたところで歯車があわなくなっていくそうです。
分度、分限を自分で見極めるのは非常に難しいように感じますが、一つは「覚悟」「決意」なのかなと思います。これでやる。これにかける。それ以外はやらないという一種のあきらめのような境地が分度を守る一つの秘訣なのかもしれません。
信念・決意を持って、努力を継続することが出来れば、道はおのずと開けてくるものだということを改めて気付かせて頂きました。
自分は辻口氏のように、死に物狂いで働けているのか…。
しっかりしなければなりません。
参考:致知2009年12月号
スーパー駅長たまで有名な和歌山電鉄貴志川線。
その鉄道の経営をしているのが和歌山電鐵であり、岡山県を代表する企業、両備グループです。
両備グループ代表の一人である小嶋光信氏は地方交通の再生請負人として有名で、数多くの地方交通を再生してきました。その、小嶋氏が一番最初に再生したのは両備運輸という会社の「旅客船部門」と「物流(トラック)部門」でした。
両事業は、株主からも撤退したほうがいいと要求されるほど、赤字がひどい状態でした。しかし、小嶋氏は、両備運輸の中で成長の余地があるのは物流部門だけだと目利きし、物流部門の再生にはいりました。
物流部門は当時、下請けの下請けで社員のモチベーションもモラルも非常に低い状態でした。まずは元請にするというので社員の教育からはじめるわけですが、当時の社員というのは、職場に成人誌は散らかっている、博打は打つ、交通事故は起こすといった散々な状態でした。また、改善しようにも、労組のトラック運転手の抵抗が半端なく、運転手達との集団交渉も一進一退でした。しかし、現場に通いつめ、運転手達の話しを聞き、一応の地ならしができました。
そこで、ようやく前向きな話ができるようになりましたが、運転手達にいきなり難しいことを要求しても無駄だと判断し、安全運転やマナーについての説明をしながら「一本の箒(ほうき)」という話をしたということでした。
小嶋氏「要するに荷物を受け取りに行く時には、必ず箒を持っていかせるのです。そして荷主さんに挨拶し積み込みが終わったら、その一帯を掃除して出発する。荷物を降ろす時も一緒。荷降しの前に掃除して、作業が終わったら箒を持って挨拶してから出発する。他のことはさておき、それだけを確実にやってもらうことにしました。」
渋々ながら、運転手さん達はやってくれたようでした。そうすると驚いたのは荷主さんたちで、「両備運輸は感心だ」というので、直接オーダーが入るようになりました。下請けから脱していくと、当然のように運転手さん達の目つきも変わっていったそうです。
難しいことを要求する必要はなく、シンプルで単純だけど大切なことを実践させる、或いは、していくということは非常に重要なことだと気付かせて頂きました。
小嶋光信氏は、経済とは本来「経世済民」であり、「世を経(おさ)め、民を済(すく)う」ことであるとし、「会社に関わる社会や社員や顧客を苦しみから救うこと。これこそ自分が求める経営であり、利益を確保するのはその手段にすぎない」と仰っております。
小嶋氏のような理念と実行力を持ち、仕事をしていきたいと思いました。
参考:致知2009年12月号
PS.
というか、たま電車可愛いすぎる!!
危機は好機と色々言い方はありますが、成功している経営者の話には付き物です。
どんな立場の人の話しを聞いていても転機というのは、辛い状態のときにあるのだなと感じます。
どうしよう。どうしよう。と必死に考えて初めて次のステップに進むことができると皆口を揃えます。
餃子の王将の場合
今年3月期連結決算の売上高550億、経常利益62億は過去最高だったという「餃子の王将」も、大ピンチを乗り越えて健全な経営体質になったそうです。1967年にスタートした王将ですが、バブルの時代を経ている多くの企業同様、不動産投資などの本業以外の業務に色々手を染めていました。
膿を出しきる
その結果、2000年には負債は最大470億にまで膨らんでいました。これでは倒産するしかないという状態にまで追い込まれ、新経営者の大東社長は一念発起し、最初に全ての膿を出し切る決意をしました。
原点回帰
本業以外の事業への迷いも相当あったと社長は述べます。しかし、その未練を断ち切り、本業一本にしぼり、再建計画を練りました。もう一度、創業精神に返らなければならない。「美味い、安い、早い」餃子を提供しなければならない。そうやって、改めて進むべき道が明確になりました。
任せる
現在、王将は直営、FC合わせて500店舗以上あるそうですが、個店主義、店長主義をいち早く取り入れた企業でした。店長の情熱、活気、本気、やる気、こだわりが遺憾無く発揮されるようにとの配慮でした。現場の店長無くして王将無しというぐらい、店長には感謝しているし、その分多くの裁量権を与えてのびのび仕事をしてもらうという方針です。40品のグランドメニュー以外は和食、洋食、何でも提供していいというのも面白い要素でした。
本部は後方支援するのが役目であり、役者は店長でした。
こういった努力が実り、今年の決算に至ったようです。
自らも、溜まっている「膿」はないか、改善すべき悪癖はないか、日々省みる必要があります。そして、自分の目指す方向はどんなものだったか、道はそれていないか、これまた省みる必要があります。自分ひとりの場合は、自分が役者です。しかし、目指す方向が一緒の仲間が集まったら仲間が役者です。仲間を立てて自分は支援する。こういったスタンスで仕事ができると、皆が気持ち良く仕事することができるのだろうなと思いました。
参考:致知2009年11月号