2009 年 4 月 10 日 |
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- お米を減反政策などで生産量を大幅に減らしておきながら、その一方で外国から大量の穀物を輸入している。
- 輸入される穀物の多くが食用ではなく、食用家畜の飼料用となっている。
穀物を直接口にするのに比べて、穀物をエサにして獲た肉や乳製品を口にするのとでは、70%~90%もエネルギー摂取率が落ちてしまうそうです。
自国の米を減反させ、穀物を大量に輸入して、直接食べたらいいものを肉や乳製品といったものに作り変え、消費するというのは如何なものかと筆者は訴えています。
世界の穀物生産量のうち、「家畜と人間の食べる量がほぼ同量」になったと言われています。その家畜のほとんどが先進国にいます。
日本人は、米という素晴らしい主食がありながらそれを食べず、国家レベルで米の生産を制限し、飢えに苦しむ人たちを尻目に金にものをいわせ、穀物を買いあさって家畜に与え、その肉や乳・乳製品を貪っている。
一個人の健康、日本の農業の将来、地球全体の健康 ―――
これらをよくよく考えたら、「米を沢山食べること(日本食)は貧しく、欧米食が豊か」という考えがいかに誤っているかわかるだろう。
一部の人間の都合(ビジネス)で「こっちが豊か」「あっちは貧しい」と定義され、その定義に踊らされ、その結果、個人の健康が犯され、貧しい国は救われず、地球の健康すら害されています。
一部の人間が利益を貪るためだけに、その他の人やものや環境を蹂躙するようなことは許し難いことです。
お米を食べることが地球の健康のためにも役に立つということを身近な例として、個人の健康も地球の健康も同じ問題として生活していきたいと思いました。
2009 年 4 月 9 日 |
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戦後、欧米化に贅沢さを見出し、邁進してきた日本にとって、日本食は貧しさの象徴であり、欧米食は豊かさの象徴であった。
本当に日本食は貧しいのか?欧米食は豊かなのか?
そもそも、日本食と欧米食の違いというものは何なのだろうか?
筆者は以下のように述べています。
一、主食の違い
ヨーロッパでは、主食・副食といった概念がなく、肉・野菜に少量のパンが添えられるのに対して、日本(アジア)では、穀物の摂取量が多い。
なるほど。たしかにパンが主食という感じではないですね。
一、気候の違い
ヨーロッパに主食が存在しない理由は、夏が短く、温度も湿度も低いという気候の影響により、稲の栽培に適さず、そのため麦を作ってきた。しかも、麦の場合は稲作と違い畑作のため、同じ作物を続けて栽培すると色々な連作障害が出る欠点があり、じゃがいもやテンサイなどを栽培し、それを終えてから再び麦を作るというやり方をしてきた。
先日、従兄弟(酪農農家)の結婚式で北海道に行ってきたついでに、色々農業事情を聞いてみると、寒い地域だけにヨーロッパに近い方法で農業をしていると感じました。
温暖で雨の多い日本では、米を主食にすることができても、ヨーロッパにおいてはパンを主食にするほど麦は獲れなかった。逆に、温度や湿度が低いヨーロッパでは、自然の草類が日本のように大きく育たないために、草類はやわらかいところで生長がストップする。このような草類は牛・羊などの草食動物には絶好のエサになった。ヨーロッパの人たちが、肉や乳製品、野菜に少量のパンという食生活をしてきたのは、パンを腹いっぱい食べることができないために、与えられた風土の中で、やはり「より良く生きるため」の知恵だったのである。
と言うふうにまとめられており、どちらが豊かで、どちらが貧しいということでなく、まさに風土が食べられるものを決め、食べられるものの中で最善を選ぶ。とてもわかりやすく、とても自然です。
与えられたものの中で最善を尽くす。与えられたもので満足する。「足るを知る」精神を養いたいと思いました。
2009 年 4 月 2 日 |
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前回、“栄養素にこだわりすぎている”という問題点を挙げました。
例えば、同じ卵でありながら、毎日5個も6個も食べる人がいる一方で、全く食べない人もいます。
好みの問題というなら分かりますが、沢山食べる人は「卵には良質のタンパク質が豊富だと聞いたから」と言いますし、全く食べない人は「卵はコレステロールが多いから」と言います。
卵を沢山食べている人は卵そのものを忘れ、卵の中のタンパク質だけを見ている。卵を食べない人は、卵を見ているのではなく、卵の中のコレステロールだけを見ている。
卵に限らず、食物の一部分(栄養素)だけを捉え、良し悪しを決める事が多からずあるのが現状だと思います。
まさに、筆者の言う、「食物」を見ずして「栄養素」を見ている状態と言えます。
現在、人間が生きる上で必要としている栄養素が全て解明されているかというと、まだまだ解明しきれていません。
また、食物が人に及ぼす効果や含んでいる栄養素も全て解明されているかというと、まだまだ解明しきれていません。
つまり、TVや雑誌などのメディアで連日“○○を食べると体に良い”、“○○を食べると体に悪い”と言っていることは、間違ってはいないかもしれませんが、食物のもつ一側面であって、全てじゃないということです。
結局、何を信じて食べ物を食べたら良いのかという疑問に答えられるのは、今まで、我々の祖先が何を食べて命を繋いできたのかという事だけなのでしょう。
勿論、今後、栄養学というのはもっともっと進歩するはずです。
人間がどんなものを必要としているかいつか完全にわかる日がくるかもしれません。真の完全食品というものも出来るかもしれません。しかし、今は“わからない”、“存在しない”というのが現状です。
今まで我々の祖先が何万年とかけ、この地に生きるのに相応しい身体を築き上げてくれました。
その何万年にも及ぶ、“努力と知識の結晶”を大切に守り、また、次の世代に引き継ぎながら、人体の研究、食物の研究を重ねるべきだと思い知らされました。
次世代を担う子供達が親の食生活が原因の病気やアレルギーで苦しむのは辛いことです。今までこの地に生きてきた先人、先輩方の食生活というものをしっかりと学び、次世代に繋げていきたいと思いました。
人が生きる上で必要な知恵は2つあると思っています。
一つは、己の肉体を作り上げ、人生をより良く維持させる知恵。
一つは、己の精神を作り上げ、人生をより豊かにさせる知恵。
どちらに偏りすぎることもなく、健全な肉体、健全な精神、共にしっかりと身に付けていきたいと思います。
2009 年 3 月 31 日 |
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食に関しては、小学生の頃から意識し始めるようになりました。
小学4年後半~6年中盤まで慢性腎炎で入院していたためでしょうか。
腎炎は食事・運動制限の厳しい病気で(というのも、病気の原因がハッキリしていないかららしいのですが)、とにかく食べるものには気を付けさせられました。
塩分は摂り過ぎるな、たんぱく質は摂り過ぎるな、諸々。
そんなこともあって、食は気を付けなければならない危うい問題だ。
という認識がすり込まれました。
マクロへの興味もそんな事が理由ではありますが、ともかく、現代の食生活というのは見ていて恐ろしいです。栄養学の知識も無ければ、正しい食の知識もありませんが、ひしひしと肌で感じています。
そんなことで手に取ったのが「粗食のすすめ」。
日本食が身体にいいことは何となく知ってはいても、洋食を豊かさの象徴のように求め続けてきた日本としては、すぐにまた「日本食」に戻れないことも理解できます。また、そうしたくても社会のシステムがそうしずらくなっていたりします。
現代の食生活が抱える三つの問題
一、米を食べなくなった日本人
二、食生活が欧米化した日本人
三、栄養素にこだわりすぎる日本人
著者の幕内秀夫氏はこんな問題提起をしています。
現代栄養学を学び医療現場で多くの病人食を作り、戦後生まれの日本人が洋食過多で多くの病気を抱えている姿を見てきた幕内氏にとって、食の改善は訴えずにはいられない問題だったようです。
まだ、読み始めたばかりですが、なぜ粗食が、日本食が身体にいいのか、実践(は、妻に任せて)を通しながら理解していきたいと思っています。