2009 年 11 月 26 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 布施, 推譲, 旦那, 洪自誠, 菜根譚, 餓鬼
経路の窄(せま)き処は、一歩を留めて人の行くに与え、滋味の濃(こま)やかなる的(もの)は、三分を減じて人の嗜むに譲る。これは是れ世を渉る一極の安楽の法なり。
参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田公平
狭い小みちでは、一歩ゆずって、人を行かせてやる。
美味しい食べ物は、三分を減らして、人に食べさせる。
これこそ、世渡りのもっとも安楽な方法である。
鍵山秀三郎先生の講演で「道は生涯ゆずりきっても、大した距離にはならないでしょう。」と仰っておりました。一回たかだか数十センチが、当人の人生をどのように左右するのか。感慨深いお言葉でした。
また、師匠の一人である、以前勤めていた会社のボスは、「ガキとダンナの違い」で、食べ物を譲り合うたとえ話をよくしていました。
ここにとても長いお箸があります。
とても長いので、自分の口へは運べません。
しかし、料理はお箸を使ってでしか食べられません。
ガキは必死に自分の口へ運ぼうと苦心しますが、一向に食べることができません。
一方ダンナは、お互いの口に料理を運びあって、喜びを分かちあっています。
餓鬼ではなく、旦那になりましょう。と。
仏教では6大実践徳目の一つ「布施」に始まり、有財、無財の様々な施しがあります。
二宮尊徳もまた「推譲」を4大実践徳目の一つとして重要視しました。
ゆずる行為とは、自らを慎み律して、他人を思いやる行為です。
自分を強くし、他を思いやれる。
そんな人間になっていきたいと思います。
2009 年 5 月 22 日 |
No Comments | タグ: 六波羅蜜, 布施, 忍辱, 持戒, 推譲, 新規タグの追加, 智慧, 松原泰道, 禅定, 精進
仏教には、六波羅蜜という徳を積む六つの行があります。
- 布施…人に喜びを与える
- 持戒…日常の態度を戒める
- 忍辱…耐え忍ぶ
- 精進…一所懸命、一心不乱に打ち込む
- 禅定…心身を静め、自分を振り返る
- 智慧…真理を学ぶ
今現在、生活や意識を改めるために、習慣として、夜自分を振り返り、あるいは、学び、朝気付きのメールをし、神前にて祝詞を奏上するということを続けています。
現時点での自分の行為を六波羅蜜に結びつけるには、まだまだ幼稚なのかもしれませんが、夜の振り返りを“禅定”、朝の気付きのメール、そして神前での祝詞の奏上を“持戒”、お酒などの諸々の欲を控えることを“忍辱”とし、この習慣の継続を多少なりとも“精進”と言うのであれば、“布施”に値する習慣を一つでも身に付けたいと思いました。
“布施”には、大きく分けて二種類あります。
有形のものを施す“財施”と、無形のものを施す“無財の布施”です。二宮尊徳先生はその報徳仕法で推譲という“財施”を勧めておりましたが、私の場合は、まだまだ財を施せる状態ではありません。そこで、無財の布施を行いたいと思います。
致知という雑誌で、松原泰道老師が度々口にしている言葉に、「帰るとき、来たときよりも美しく」というものがあります。これがなぜか、ここ最近ずっと頭の片隅に残っています。子供の頃、誰もが一度は教えられたことでしょう。ずっと頭に残っているというので、これを“無財の布施”として、今後、習慣に加えていきたいと思っています。
打ち合わせでどこかを訪れたとき、何か用事でどこかを訪ねたとき、何もせずに家にいたときは家にて、ゴミを拾う、汚れを拭き取る、小さなことでいいと思っています。気付いたところを一つでも綺麗に出来たら良いなと思います。
習慣というのは、継続であって、続かなければ全く意味がありません。これは、甘えなのかもしれませんが、あまり増やしすぎず、大きくしすぎず、小さなこと、簡単なことを続けて、最後には、塵も積もれば山となるようにしていきたいと思います。
2009 年 5 月 19 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 堯, 布施
昔、堯という中国の聖天子は国を厚く愛し、刻苦精励して国家を治めた。国民が歌った。「井戸を掘って水を飲み、田を耕してご飯を食べる。私たちは帝の力を少しも借りていない」
堯はこれを聞いて、大いに喜んだという。普通の人間なら、恩知らずといって怒るはずなのに、「私たちは帝の力を少しも借りていない」と歌うのを聞いて喜んだというのは、さすが聖天とされる堯である。
私の道は、この堯や舜も心を悩ましたといえる大道から生まれた道である。だから、私の道に従事して刻苦勉励して国を興し、村を興し、人々の困窮を救うことがあったときも、必ず人々が「報徳仕法(二宮金次郎のやり方)の力を少しも借りていない」と歌うはずである。そしてこのときこれを聞いて、喜ぶ者でなければ、わが一門の人間ではない。よくよく謹みなされ。
(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉)
まことの施しというのは、水のようなものだという教えなのでしょうか。
人に施しをした際、どうしてもその見返りや、名声を求めたくなったりしますが、尊徳先生は、堯のような姿勢が素晴らしいと教えています。
仏教の六波羅蜜にも、布施という徳を積む実践項目がありますが、無償の奉仕、提供ということを心掛けていけたらと思います。