貧家も浄(きよ)く地を払い、貧女も浄く頭を梳(くしけず)れば、景色は艶麗ならずと雖も、気度は自からこれ風雅なり。士君子、一たび窮愁寥落に当るも、奈何ぞ輙ち(すなわ)自から廃止せんや。
参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田公平
あばら屋でも綺麗に掃き清め、貧しい女でも綺麗に髪をとかしておれば、見た目はあでやかでなくとも、気品はもちろん風雅(すてき)である。
一人前の男として、たとい、困窮や失意にみまわれたとしても、どうしてすぐに投げやりにしてよかろうか。
「品」というものは、富んでいるから必ずあるものではなく、貧しくとも日々の心掛けによって備えることができるものだということです。
そうだとするなら、恵まれない環境においてどうして自分を疎かにすることができるでしょうか。
品格を養うために修養するわけではありませんが、庸言庸行(日常の言葉、行い)を正し、慎ましく生活していくことを心掛けたいと思います。
行動するサムライが追求した「品性」
武士の教育にあたって第一に必要とされたのは、その品性を高めることであった。そして、明らかにそれと分かる思慮、知性、雄弁などは第二義的なものとされた。(新渡戸稲造)
知能が優秀であることはもちろん重んじられました。しかし、知性を意味するときに用いられる「知」という漢字は、第一に叡智を意味し、知識は従属的な位置を与えられたにすぎません。
武士道の枠組みを支えているかなえの三つの脚は「智、仁、勇」といわれ、それぞれ、知恵、慈悲、勇気を意味しています。
武士道は損得勘定をとらない
軍事教練において、当然あるべきものとされながら武士道の訓育に欠けているものに算術がある。武士道は損得勘定をとらない。むしろ足らざるを誇りにする。
ローマの武将が言うように「武人の徳とされている名誉、名声は、汚れをまとった利益よりも、むしろ損失を選ぶ」とさえいう。(新渡戸稲造)
武士は金銭そのものを忌み嫌いました。
金儲けや蓄財の術にたけることを嫌いました。
奢侈は人格に影響を及ぼす最大の脅威と考えられました。
よって、武士は自らもっとも厳格かつ質素な生活を己に課しました。
このことより、わが国の公務に携わる人々が長い間、堕落を免れていた事実を説明するに足る十分な理由である。と稲造先生は仰っております。
「文臣銭を愛し、武臣命を惜しむ」とは、時代が頽廃するときの常套句です。
教育者のあり方
教える者が、知性ではなく品性を、頭脳ではなくその心性を働きかける素材として用いるとき、教師の職務はある程度まで聖職的な色彩を帯びる。(新渡戸稲造)
「私を生んだのは父母である。私を人たらしめるのは教師である。」
この考えがいきわたるとともに、教師が受けた尊敬は極めて高かったと言います。
当時、精神的な価値に関わる仕事をする場合、その報酬は金銀で支払われるべきではないという考えでした。それは、価値がはかれないほど貴いものだったからです。よって、教育者は、武士階級の中でも特に「厳格さと誇りある貧乏」でありました。
このようにして、武士は、欲が生み出す堕落を免れ、鍛練に鍛練を重ねてきました。
品性を高めるということがどういうことか、垣間見ることが出来たように思います。
今日の宣言
品性を高めるよう、欲に左右されることのない自制心を養う。