54、酒三則 その一
酒は穀気の精なり。微(すこ)しく飲めば以て生を養う可し。
過飲して狂酗(きょうく)に至るは、是れ薬に因って病を発するなり。
人参、附子(ぶす)、巴豆(はず)、大黄(だいおう)の類の如きも、
多く之を服すれば、必ず瞑眩(めんけん)を致す。
酒を飲んで発狂するも亦猶お此(か)くのごとし。
酒は穀物の気の精である。これを少し飲めば養生によい。
飲み過ぎると、気違い沙汰を呈するようになるのは、薬によって発病するようなものだ。
人参、附子、巴豆、大黄の類も、多く服用すると、必ずめまいを生ずる。
酒を飲んで発狂するのもこのたぐいである。
55、酒三則 その二
酒の用には二つあり。
鬼神は気有りて形無し。故に気の精なるものを以て之を聚(あつ)む。
老人は気衰う。故に亦気の精なる者を以て之を養う。
少壮気盛なる人の若(ごと)きは、秖(まさ)に以て病を致すに足るのみ。
酒の用い方には二つある。
一つは神は気があって形体のないものであるから、酒を供えてお招きする。
二つは老人は元気が衰えるから、酒によって元気を養うがよい。
元気盛んな若者は、酒を飲むと病気を引き起こすだけだから飲まないがよい。
56、酒三則 その三
勤の反を惰と為し、倹の反を奢(しゃ)と為す。
余思うに、酒能く人をして惰を生ぜしめ、又人をして奢を長ぜしむ。
勤倹以て家を興す可(べ)ければ、則(すなわ)ち惰奢以て家を亡すに足る。
蓋(けだ)し酒之れが媒(なかだち)を為すなり。
勤勉の反対が怠惰であり、倹約の反対が奢侈(贅沢)である。
私は思うに、酒は、人を怠惰にし、またおごりの心を長ぜしめるものであると。
勤勉、節約が家運を興こさせることができ、怠惰、贅沢は家を亡ぼすもとである。
後者の場合、酒がこの仲介をするものである。
佐藤一斎先生も、お酒には十分注意するように説いています。
これは、二宮尊徳先生も、よくよく言っていたことでした。
身を興した先人らは、これらをよく守っていました。
何事もなく(!?)、お酒を楽しんでいるときには、全く縁のなかった教えですが、
今では、身に沁みる言葉です。
お酒ではしゃいでいるときには、この言葉に出会うことはありませんでした。
或は、出会っていてもスルーしていたのか…
どちらにせよ、精気盛んな若者にはお酒は不要だということが、今ではよくわかります。
ただ、若者であろうが、老人であろうが、精気を養う必要がある人には薬となります。
分別をわきまえている人に、このような忠告は不要であると思いますが、
自分のように、度が過ぎることがよくある人間は、重々注意をしたほうがよいぞ。
と、先人達は教えてくれています。
勤倹が身を家を興し、奢侈が身を家を破滅させるものだと改めて注意したいと思いました。
46、政治の要諦
土地人民は天物なり。
承(う)けて之を養い、物をして各々其の所を得しむ。
是れ君の職なり。
人君或は誤りて、土地人民は皆我が物なりと謂(おも)うて之を暴(あら)す。
此(これ)を之れ君、天物を偸(ぬす)むと謂う。
土地も人民も天の賜物。
これを受けて、これを養い、
一人ひとりにその適当な地位や仕事を得せしめるのが、人君の仕事である。
ところが、人君が謝って、土地、人民は皆、自分のものだと考えて、
乱暴に扱うならば、この行為は、人君が天物を盗むものというべきだ。
このように説いています。
これは、一斎先生が当時の大名小名に対して戒めたものだと注釈がありました。
当時の大名らは自分の土地や家臣を私物化しすぎている傾向があったようです。
これは、当時の諸大名だけに言えることではなく、
現代にも置き換える事ができます。
自分一人とっても天物。他人など推して知るべしだとわきまて、
私物化しようとしている自分がいないか、よくよく注意していきたいと思いました。
人や物や機会は全て天からの賜りもの。
些細なことでも意識して、大切にしていかなければなりません。
意識や気が巡りきっていない自分を改めないといけないと思いました。
30、自に厳、他に寛
自ら責むること厳なる者は、人を責むることも亦厳なり。
人を恕すること寛なる者は、自ら恕することも亦寛なり。
皆一偏たるを免れず。
君子は則ち躬(み)自ら厚つうして、薄く人を責める。
自分に厳しい人は、人にも厳しく。
他人に寛容な人は、自分にも寛容である。
皆、どちらかに偏っていることを免れない。
君子は、自分に厳しく、他人に寛容である。
このように一斎先生は説いています。
まったく、この通りに自分は偏ってしまっています。
自分に厳しいときは、人にもつい厳しくなりがちです。
他人に寛容なときは、自分にも寛容(甘え)になります。
こうではいけないとわかっていても、出来ていない現実。
自分にガッカリさせられます。
論語にも「子曰く、躬自ら厚うして、薄く人を責むれば、則ち怨みに遠ざかるなり」ともあります。
「自に厳、他に寛」というようにありたいと思います。
19、面と背と胸と腹
面は冷ならんことを欲し、背は暖ならんことを欲し、
胸は虚ならんことを欲し、腹は実ならんことを欲す。
頭が冷静ならば、正しい判断ができる。
背中が暖かいならば、熱烈、人を動かすことができる。
虚心坦懐にして、我見がなければ、他人を容れることができる。
腹が充実していれいば、胆力が据わってものに動じない。
私もこのようにありたいと思います。
熟慮することを欠きやすい性格でありますので、
何か事を行う際には、よくよく考えなければなりません。
人は誰に付いていくかと言ったら、やはり先頭に立っている人にです。
後ろにいる人には、付いていこうと思っても、付いていけないものです。
人の前に立つということは、背中しか見えないということです。
少ないながらも、今、自分が背負っているものを大切にする。
そういう人間でいたいと思います。
背中を見て人が付いてくるとするならば、人が飛び込むのは胸です。
心にわだかまりがなく、おおらかでさっぱりとしている。
自分だけの狭く偏った見方をせず、他人を受け容れることができる。
そんな器を持ちたいと思います。
最後には、事を為すこと、生きることへの覚悟として、
腹を据え、胆力を練りに練る必要があります。
もっとも足りていないものだと自覚しています。
知識や経験を腹に落とし胆識とし、生き方を腹に決め、
動じることのない人間に成長したいと改めて感じました。
10、自ら省察すべし
人は須(すべか)らく自ら省察すべし。
「天何の故にか我が身を生出し、我をして果して何の用にか供せしむる。我れ既に天の物なれば、必ず天の役あり。天の役共せずんば、天の咎必ず至らむ。」
省察して此(ここ)に至れば則ち我が身の荀(いやし)くも生く可(べ)からざるを知らむ。
「天はなぜ自分をこの世に生み出したのか。
何の用をさせようとするのか。
自分は天(神)の物であるから、必ず天命がある。
この天命(使命)を果さなければ、天罰をうける」
ここまで反省、考察してくると、自分はただうかうかとこの世に生きているだけではすまされないことがわかる。
と、一斎先生は述べています。
君子、一日生きれば一日世に利あり(加藤咄堂)
一日世に在れば、一日為すあり(吉田松陰)
漫然と日々過ごすことの恐ろしさを改めて感じます。
自分は自分のものではない。
どうしても、自分を自分のものと思ってしまっている自分がいますが、
自分を自分のものと思っているかぎり、「自分が。自分が。」という「我」が出て、
自然と「我がまま」になってしまいます。
※「自分」という単語が連続して読みづらいですね…(苦笑)
自分は天のものであり、
「世のため、人のために尽くす」ゆえに生かされていることを知り、
日々、ダラダラと過ごすことのないよう、精進していきたいと思いました。
6、学は立志より要なるはなし
学は立志より要なるはなし。
而して立志も亦之れを強うるに非らず。
只だ本心の好む所に従うのみ。
学問をするには、志を立てて、心を振るい立てることより肝要なことはありません。
しかし、心を振るい立たせることも外から強制できるものではありません。
前項で述べられたように、「墳」の一字をもって、自ら振るい立てる他ありません。
「○○に出来て、自分にやれないはずはない」
「自分がやれねば、誰がやる」
「ここでやらねば、もう後はない」
(人物を学ぶということの意義の一つは、「墳の心」を振るい立たせることができる点だなと思いました。)
訳者は、さらに続けて、
物事を成就するには、立志だけでは駄目である。
まず志を立てる。次は実行に踏み出す。
これだけではまだ駄目で、これを成功するまで継続しなければいけない。
とにかく、立志は人をして活き活きとさせることは確かである。
と締めています。
発憤、立志、実行、継続
学問は、知識を得ることが目的ではないとよく言われます。
知識は、実行されなければ、ないのも同然だとよく戒められます。
「学び=実行」と心得、志をもって「目標と方向性」をしっかり定め、その目標を達成できるよう、実行、継続していきたいと思いました。
西郷隆盛が自らのバイブルとした、佐藤一斎著「言志四録」。
その一「言志録」5、6、7の内容は、まるで橋本左内の啓発録、2、3、4に該当するように思えます。
佐藤一斎、橋本左内生まれ年は全く違えど、没年は同じ、1859年。これも何かの縁でしょうか。
5、憤の一字
墳の一字は、是れ進学の機関なり。
舜何人ぞや、予(われ)何人ぞやとは、方(まさ)に是れ墳なり。
発憤するの“墳”の一字は、学問に進むための最も重要な気力の源だと考えます。
橋本左内が「二、気を振るう」といった章での、“負けじ魂”、“恥辱を知ってそれを悔しく思う気持ち”と通じると思っています。
孔子の高弟、顔淵が「舜も自分も同じ人間ではないか」(成らんとする志さえあれば、自分だって瞬(中国の聖人)のような人物になれるぞ)といったことは、まさに“墳”ということであると思います。
「自分はなれる!」「やれる!」と思うか
「自分はとても成れない」「やれない」と思うか
これが、人間一生の分かれ道と知り、やる前からやれないと諦めることのないよう、気を振るいたてる“墳”の心を養いたいと思いました。
吉田松陰を育てた、村田清風は富士山を見て歌いました。
来てみれば さほどでもなし 富士の山
釈迦や孔子も かくやありなん
人には常に謙虚な姿勢で相対し、自身は、己を常に情けないと思いながらも、この歌のような心持ちでありたいと思います。