2010 年 3 月 12 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話
それ世の中汝等が如き富者にして、皆足る事を知らず。
飽くまで利を貪り、不足を唱ふるは、大人のこの湯船の中に立ちて、
屈まずして、湯を肩にかけて、湯船はなはだ浅し、膝にだも満たずと、罵るが如し。
――二宮翁夜話より
足るを知る者は富者、不足を唱ふる者は貧者。
とも言われていますが、絶妙な例えでした。
私利私欲においては屈みに屈んで足るを知り、
公利公欲についてはとことん追求していくという姿勢が
二宮尊徳翁の姿だったのではないかと思います。
神奈川県小田原の一百姓の長男として生まれながら、
その経営能力を認められ時の藩主に認められます。
地域復興に全生涯を捧げ、指導した村の数は600にも上りました。
一百姓出身でありながら、その立ち振る舞いは貴族以上の
品格を漂わせていたと新渡戸稲造の「武士道」だったかにも書かれていました。
己自身は足るを知りながら、広く社会のために生きる姿勢を学びました。
2010 年 3 月 10 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 鍵山秀三郎
大事をなさんと欲せば、小さなる事を、怠らず勤むべし。
小積もりて大となればなり。
凡そ小人の常、大なる事を欲して、小なる事を怠り、
出来難き事を憂いて、出来易き事を勤めず。
それゆえ、ついに大なる事あたわず、それ大は小を
積んで大となる事を知らぬ故なり。
――二宮翁夜話より
鍵山秀三郎氏も、「良樹細根」をモットーに、
「平凡な事を非凡に勤めなさい」と言われました。
チリも積もれば、、、と知りながら、我が身を振り返ると、
なかなか小事徹底、凡事徹底が出来ていないことを痛感します。
些細なこと、当たり前なことを真剣に取り組まなければと思います。
2010 年 3 月 9 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 英霊, 靖国神社
先日、九段下に用事があり、帰りに靖国神社へ参拝しました。
靖国神社には幕末・明治維新以降の戦争で、天皇・朝廷・政府側の
立場で命を捧げた戦没者240万の英霊が眠っています。
明治維新、戊辰戦争から大東亜戦争まで、若い多くの命が奪われました。
境内に置いてある、神風特攻隊員の遺書を見ると涙が流れます。
今の日本があるのも、全て先人あってのものなのだと強く感じます。
今現在日本には幸い戦争はありません。
死に直面する機会は随分と減りました。
しかし、死が遠くなったわけではありません。
二宮尊徳翁が夜話にて、「人生限りあり」とよんでいます。
人と生まれ出でたるうえは、必ず死する物と覚悟する時は、
一日活きれば即ち、一日の儲け、一年活きれば一年の益なり。
故に本来わが身もなき物、わが家もなき物と覚悟すれば、
あとは百時百般みな儲けなり。
維新や戊辰戦争でも、大東亜戦争でも自分と同じ、
あるいはもっと若い人間が国のために死んでいきました。
今の自分はすでになき物と考えると、一日生きること、
一年生きることは全て儲け物と考えることができます。
この儲けた命を無駄に使うことのないよう、
先人に恥じることのないよう、心して活きたいと思いました。
2009 年 11 月 26 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 布施, 推譲, 旦那, 洪自誠, 菜根譚, 餓鬼
経路の窄(せま)き処は、一歩を留めて人の行くに与え、滋味の濃(こま)やかなる的(もの)は、三分を減じて人の嗜むに譲る。これは是れ世を渉る一極の安楽の法なり。
参考:菜根譚 (タチバナ教養文庫) 吉田公平
狭い小みちでは、一歩ゆずって、人を行かせてやる。
美味しい食べ物は、三分を減らして、人に食べさせる。
これこそ、世渡りのもっとも安楽な方法である。
鍵山秀三郎先生の講演で「道は生涯ゆずりきっても、大した距離にはならないでしょう。」と仰っておりました。一回たかだか数十センチが、当人の人生をどのように左右するのか。感慨深いお言葉でした。
また、師匠の一人である、以前勤めていた会社のボスは、「ガキとダンナの違い」で、食べ物を譲り合うたとえ話をよくしていました。
ここにとても長いお箸があります。
とても長いので、自分の口へは運べません。
しかし、料理はお箸を使ってでしか食べられません。
ガキは必死に自分の口へ運ぼうと苦心しますが、一向に食べることができません。
一方ダンナは、お互いの口に料理を運びあって、喜びを分かちあっています。
餓鬼ではなく、旦那になりましょう。と。
仏教では6大実践徳目の一つ「布施」に始まり、有財、無財の様々な施しがあります。
二宮尊徳もまた「推譲」を4大実践徳目の一つとして重要視しました。
ゆずる行為とは、自らを慎み律して、他人を思いやる行為です。
自分を強くし、他を思いやれる。
そんな人間になっていきたいと思います。
2009 年 9 月 24 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 月刊致知, 森信三
明治から平成にかけて活躍した、森信三先生という偉大な教育者がいます。
雑誌(致知9月号)の中で紹介されていた先生の言葉があります。
諸君は階段を昇るとき、まるで廊下でも歩くように、さらさら昇る工夫をしてごらんなさい。というのも人間の生命力の強さは、ある意味ではそうしたことによっても、養われると言えるからです。
階段の途中に差しかかって、急に速度がにぶるようでは、それはその人が、心身ともにまだ生命力が弱い証拠と言ってもよいでしょう。と申すのも、この場合階段というものが、やがて人生の逆境にも通ずると言えるからです。
日頃、階段を登っているときに、人生の逆境のことを考えているかといったら考えてはいません。
むしろ、エスカレーターやエレベーターを探してしまうという始末。
身体の健康のためにと階段を選ぶことはあっても、人生の苦難をあたかも廊下を歩くように、
平然と突き進むことを考えて階段を登るということは意識したことがありません。
しかし、森信三先生の発言から、ささいなことへの日々の心掛けというのは、
生きることへの真剣さ、覚悟の現れなのだと思いました。
どこまでド真剣に生きることを考えているか。
ド真剣だからこそ階段を登るときのことすら意識してしまうのではないかと思います。
また、こうも言っております。
真に意義ある人生を送ろうとするなら、人並みの生き方をしているだけではいけないでしょう。それには、少なくとも人の一倍半は働いて、しかも報酬は、普通の人の二割減くらいでも満足しようという基準を打ち立てることです。
意義ある人生というものを本気で考えているからこそ、
自分に厳しくすることが重要なのだと思います。
自分に厳しくなろうと思っても、ついつい甘えが出てしまいます。
どうしてこんなに自分は甘いのだろうと辟易してしまいます。
大それたことを毎日課してそれをこなしていくのではなく、
日々の何気ない事を繊細に意識し、大切に過ごしていくことが
最初の一歩目なのだと改めて気付かされました。
森信三先生は二宮尊徳翁の書「二宮翁夜話」にて学問的開眼を得られたと書いてあります。
音もなく香もなく常に天地は、書かざる経を繰り返しつつ
寸暇も惜しんで書物を読んだ二宮尊徳翁は、極意は書には無く、天地自然にあるといっています。
当時の天地自然というのは実生活そのもの。
真理は現実の只中にあり。です。
今まさに生きているこの現実の何気ないことも一つひとつ意識して、その意図をしっかりと汲んで生きていきたいと思います。
2009 年 5 月 21 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 吉凶, 因果, 応報, 禍福
尊徳先生は、禍福吉凶について以下のように述べています。
方位によって禍福を論じ、月日によって吉凶を説くということが昔からある。世間の人はこれを信じているけれども、そんな道理があるはずがない。禍福吉凶は、方位や月日によって決まるものではない。それは迷信である。仏教では「本来東西という方角などない」とさえいっている。禍福吉凶は、それぞれ自分の心と行いが招くところにやってくるのであり、また、過去の因縁によってやってくるのである。
ある高徳の僧が強盗に遭ったときの歌に、「前の世の 借りを返すか今貸すか 何れ報いは 有るとこそしれ」と詠んだ通りであろう。絶対に迷ってはいけない。強盗は鬼門から入ってはこない。悪日だけに来るのでもない。戸締りを忘れたら、入ってくるものと思いなさい。火の用心を怠れば、火事が起こるだろう。試しに、戸を開けておくがいい。犬が入ってきて、食べ物をあさるだろう。これは、明白なことだ。
易経に「積善の家に余慶あり、不積善の家に余殃(よおう)あり」(善行を積み重ねた家には、必ず子々孫々の後に至るまで幸福が及ぶものである。不善を積めば、その家は後世まで災禍を受けるものである)とあるが、これは永遠に変わらない真理である。決して疑ってはならない。これを疑うのを、“迷い”というのだ。
米を蒔いて米が実り、麦を蒔いて麦が実るのは明らかなことで、毎年毎年変わらないことである。それは、天理だからである。
月日によって吉凶があるなどということは、決して信じてはいけない。信じなければならないのは、「積善の家に余慶あり」という金言である。しかし、「余慶」も「余殃」もすぐにやってくるものではない。百日で実る蕎麦があれば、秋に蒔いて夏に実る蕎麦もある。諺に「桃栗三年柿八年」というのと同じことだ。因果や応報にも、遅い、速いがあることを忘れてはならない。
(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉)
ここでは、真理を疑っている状態を“迷い”とし、真理を疑ってはならない。善を積んで始めて幸福、吉兆があり、それにも遅い、速いがあるのであると説かれています。高徳の僧の歌にあるように、「借りを返すか、今貸すか」という句も印象的でした。どうやって善を積んだらいいのか。実践しているのは「良い習慣」を「継続」させるということ。今は、身を修めることで精一杯でありますが、一つずつ「良い習慣」を増やし、継続させることで、善というものが、多少なりとも積めればと思っております。
また、先日、友人から頂いた「小さな経営論」という本にも、「開花に10年かかる人間の花」とありました。筆者の藤尾社長は、多くの偉人・賢人を見てこられ、その結果、人は花を咲かせるのに、10年くらいかかるとおっしゃっております。とても統計的な感想だと思います。成果・結果を焦らず、一歩一歩しっかりと歩んでいきたいと思います。
2009 年 5 月 20 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 富裕者, 心得
尊徳先生は、富裕者が心得なければならないことを以下のように説いています。
「論語」に「魯の哀公が有若(孔子の門徒)にお尋ねになった。『凶作で財政が足りないが、どうしたらいいだろうか』。有若がお答えしていうには、『いっそ一割の税になさってはどうでしょうか?』。『二割でも私は足りないというのに、なぜ一割にするのか』と再び哀公が尋ねると、有若はいった。『百姓が豊かになれば、殿様がひとり窮乏するはずがありません。百姓が窮乏すれば、殿様ひとりが豊かになるはずもありません』」とある。
これは、難解な理屈である。
これを例えてみると、鉢植えの松に、肥料が不足して、それが枯れようとしているときに、「これをどうしたらいいか」と問われて、「どうして枝を切らないのか」と答えるのと同じである。また、さらに「このままですら、枯れようとしているのに、どうして枝を切るのか」と尋ねて、「根が枯れなければ、木は誰とともに枯れようか」と答えたのに似ている。
これなら実に、疑いのない問答になる。
日本は六十余州の大きな鉢である。鉢は大きいけれども、肥料が不足したときは、無用の枝葉を切り取る他に道はない。人の財産も、それぞれ一つずつの小鉢である。生活費が不足したら、速やかに枝葉を切り取りなさい。このときに、「これは先祖代々のしきたりだ。家風だ。これは親が苦心して立てた別荘だ。これは特に大切にしてきた品物だ」などといって、無用の枝葉を切り捨てることをやらないと、たちまち枯れていってしまうものなのである。すでに枯れはじめてしまっては、枝葉を切り取っても間に合わない。これは、最も富裕者が心得なければならないことである。
(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉)
尊徳先生が「二宮翁夜話」の中で繰り返し唱えていることです。分限を守り、収入が減ったら、速やかに支出も減らせ。これが鉄則だと教えています。生活水準というものは、一度上げてしまうと、下げるのが難しいといわれますが、この確かなことを実践できないと、手遅れになってしまうといっています。これは、家計にも、会社の財務にも、国家の財政にも当てはまります。ある経営者が経営のコツを聞かれて、「分限の中でビジネスをしているだけで、何も難しいことはしていない」と答えていたのを何かで拝見した記憶があります。50の収入なら、25で生活し、10の収入なら5で生活するといった生活癖を付けていきたいと思いました。
2009 年 5 月 19 日 |
No Comments | タグ: 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 堯, 布施
昔、堯という中国の聖天子は国を厚く愛し、刻苦精励して国家を治めた。国民が歌った。「井戸を掘って水を飲み、田を耕してご飯を食べる。私たちは帝の力を少しも借りていない」
堯はこれを聞いて、大いに喜んだという。普通の人間なら、恩知らずといって怒るはずなのに、「私たちは帝の力を少しも借りていない」と歌うのを聞いて喜んだというのは、さすが聖天とされる堯である。
私の道は、この堯や舜も心を悩ましたといえる大道から生まれた道である。だから、私の道に従事して刻苦勉励して国を興し、村を興し、人々の困窮を救うことがあったときも、必ず人々が「報徳仕法(二宮金次郎のやり方)の力を少しも借りていない」と歌うはずである。そしてこのときこれを聞いて、喜ぶ者でなければ、わが一門の人間ではない。よくよく謹みなされ。
(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉)
まことの施しというのは、水のようなものだという教えなのでしょうか。
人に施しをした際、どうしてもその見返りや、名声を求めたくなったりしますが、尊徳先生は、堯のような姿勢が素晴らしいと教えています。
仏教の六波羅蜜にも、布施という徳を積む実践項目がありますが、無償の奉仕、提供ということを心掛けていけたらと思います。
2009 年 5 月 18 日 |
No Comments | タグ: お金持ちの心得, 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 酒
尊徳先生は、以下のように贅沢は生涯の大損ということを説明しています。
いくら財産が豊かで位が高くても、質素に暮らし、
驕った贅沢な生活を家法の中で厳しく禁じておかなければならない。
なぜなら、奢侈は、欲望によって利を貪る気持ちを増長させ、慈善の心も失わせてしまう。
そして自然に欲深くなり、ケチくさくなって、仕事の上でも不正を働くようになり、
その結果、災いも生じてくるのである。これは恐るべきことだ。
「論語」に「たとえ周公ほどの立派な才能があったとしても、傲慢でケチなら、
その他はどんなことでも見るに足りない」とある。
家法において質素に暮らすことを定め、良くそれを守り、驕った贅沢な生活が習慣とならぬよう、
食事はご飯と汁物、着物は木綿とするのが、自らの身を助けるのだという真理を忘れてはならない。
(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉)
確かに、立身出世を果した人物には、質素な人が多いように感じます。
例えば、以前ご紹介した安田グループ創始者、安田善次郎氏は、この言葉の通り、
終生質素倹約に生き、着物は木綿だったと言います。
また、先日、会津藩校日新館にて論語の講義に出席しましたが、
若松ガス創始者の高木先生も当日着ていた背広は30年着ているとおっしゃっておりました。
(二宮尊徳のような生き方を見習っているとのこと。)
尊徳先生は、さらに以下のように続けています。
何事も習慣となり、それが平常のことになってしまっては仕方がないものだ。
遊楽に慣れてしまえばおもしろいこともなくなり、うまい物に慣れてしまえば、
うまい物もなくなってしまうだろう。
結局これは、自分で自分の喜びや楽しみを減らしてしまっているようなものだ。
毎日勤労する者には、朔望(一日と十五日)の休日も楽しみであり、
盆や正月になればそれはもう大きな楽しみである。
こんなふうに休日が楽しみになるのは、平日の勤労に慣れているからである。
この道理を明らかにして、滅亡の根本原因を取り除かなければならない。
そして若い者は、酒を飲むのも、煙草を吸うのも、
月に四、五回に限定して、酒好き、煙草好きになってはならない。
それに慣れて酒好き、煙草好きが癖になっては、生涯の大損である。
よく慎みなさい。
滅亡の原因となる習慣を減らし、無くして、
癖にならないように慎まなければならないと説かれています。
身を滅ぼすようなことが癖になってはいないか?
身を助けることが疎かになってはいないか?
毎日内省しなければならないと思いました。
※若い者は…のくだり、ドキッとさせられました(汗
2009 年 5 月 15 日 |
No Comments | タグ: 中庸, 二宮尊徳, 二宮翁夜話, 君臣, 孝行, 忠義, 親子
親に対する孝行、主君に対する忠義における“中”というものは、どういうことか、説かれています。
聖人は“中”を尊ぶ。そしてその“中”というものは、ものによって異なっている。あるいは、そのものの中間に“中”がある場合がある。物差しの類がそれだ。平衡をとるところを“中”とする場合がある。秤のおもりがそれだ。熱からず、ぬるからずというのがお湯の“中”、甘からず、辛からずというのが味の“中”、損もなく、得もないのが取引の“中”である。盗人は盗むことを褒め、世の中の人は盗むことをとがめる、というようなことは“中”ではない。盗まず、盗まれないことが“中”といえる。この理は明白である。
では、忠孝においてはどうか。忠孝は他と我という相対関係の中で生ずる道である。親がいなければ、孝行をしたいと思ってもできない。主君がいなければ、忠義を尽くしたいと思ってもできない。だから、片寄らなければ至孝・至忠とは言い難い。家臣の思いが、主君のほうに片寄り極まって、至忠になる。子の思いが、親のほうに片寄り極まって、至孝となる。ここでいう「片寄る」とは、尽くす、ということをいうのである。あの偉大な舜が愚かな父瞽瞍(こそう)に尽くし、また楠木正成公が南朝に尽くしたことは、実にこの「片寄る」ことの極みであったといえよう。
このようになれば、鳥もちで鹿を取るように、天下の父母たる者、主君たる者に合わせようとして合わないことはない。忠孝の道は、ここに至って“中庸”となるのである。もし忠孝を、半分・中位のところとするなら、それは忠とも孝ともいえない。主君と親のためには、百石は百石、五十石は五十石で尽くさなければ、忠孝とはいえない。もし百石は五十石にして、半分だから“中”だというのは、はなはだしい間違いである。なぜなら、君臣で一つの円をなし、親子で一つの円をなしているからだ。主君があるときは、必ず家臣がある。親があるときは、必ず子がある。子がなければ、親とはいえず、主君がいなければ、家臣とはいえない。だから、主君も円の半分であり、家臣もその半分であり、親もその半分であり、子もその半分である。したがって最も片寄ったところを最高の到達点とするのである。
(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉)
平均、平衡、真ん中が“中”であるが、親子、君臣の場合は、親子で一つの円。君臣で一つの円をなし、その円の真ん中をとるのが“中”と説明されています。ということは、子は親に尽くしきって始めて「孝行」の中庸といえるし、家臣は君主に尽くしきって初めて「忠義」の中庸といえる。尽くしきって、“中”ということの説明がとてもわかりやすくしっくりきました。夫婦という点でもそうですが、孝行、忠義と言ったとき、まさにこのことを忘れずに接し、尽くせる人間になりたいと思いました。
