無私に生きる ― 組織のトップの宿命

コンプレックスなどを別にして、とかく自分のことが大好きなのが人間です。

自分愛するあまり、随所で自分に甘えが出ます。

病気など生理的にどうしようもないことはありますが、自分に言い訳をしてまで、甘えることがありはしないか。

ちょっと反省しただけでも、いくつ指を折らねばならないか、、、情けなく思います。

稲盛和夫氏は、無私になれぬ人間に上に立つ資格はないと仰っておりました。

組織は一つの生命体です。

トップはブレーン(脳)です。

トップが組織のことを考えていなければ、だれが組織のことを考えるのか。

トップが組織のことを考えていない間があるとすれば、それはその組織(生命体)が意識を失っているということになる。

だから、トップというものは四六時中組織のことを考えているし、自分というものはもはや無いものと思えとまで言い切り、徹しきれないものにトップの資格はない。

とまで仰っておりました。

上に立って仕事をするということはそれだけ責任や自覚の伴うことだということを改めて知ります。

それに比べて自分の甘さにぐうの音も出ません。

西郷隆盛も、「人は、己に克つを以って成り、己を愛するを以って敗るる」と言っています。

自分は愛してはいけないと説いています。自分を愛するということは、怠慢、傲慢、甘えなど様々な弊害が出ることを知っているからです。

自分の「我」や「あく」を落とさなければと痛感します。

スポンサーリンク
レクタングル広告(大)
レクタングル広告(大)
スポンサーリンク
レクタングル広告(大)

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です