渋沢栄一先生から学ぶ、発言に気をつけること

渋沢先生は、“口は禍福の門なり”という節にて、以下のように語っています。

渋沢栄一余は平素多弁の方で、よく種々の場合に口を出し、あるいは演説なぞも所かまわず、頼まれればやるので、知らずしらず言い過ぎることなぞあって、人からしばしば揚げ足を取られたり、笑われたりすることがある。
~中略~
口舌は禍の門であるだろうが、ただ禍の門であるということを恐れて一切口を閉じたら、その結果はどうであろうか。有要な場合に有要な言を吐くのは、できるだけ意思の通ずるように言語を用いなければ、折角のこともうやむやに葬むらねばならぬことになる。それでは禍の方は防げるとしても、福の方は如何にして招くべきか、口舌の利用によって福も来るものではないか。もとより多弁は感心せぬが、無言もまた珍重すべきものではない。

私もまた多弁でありますが、渋沢先生のように“心にもないことを言わぬ主義”であるかといったら、そのように徹底出来ているわけではありません。多弁ゆえ、失言もあります。禍福混合状態です。日々振り返ったときに、失言では無いにしろ、もう少し言い方に気をつければ良かったという点はいくつもあります。

論語に「君子、重からざればすなわち威あらず」とありますが、軽はずみな態度と合わせ、発言が自分を“軽く”している大きな原因だと思っております。

軽はずみな発言や、失言というのは、言葉に出した事も問題ですが、根本は、その発言をするに至った己の“考え”、考えの元となっている“人間性”そのものが未熟であると考えています。人間性・人格というものを高めると同時に、よくよく反芻した上での発言というものを心掛けていきたいと思いました。


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