二宮尊徳の教え 其の九 毎年の実り(富盛の地に住むコツ)

儒教における「循環」や仏教における「輪廻転生」というのは、すなわち天理のことである。「循環」とは春は秋になり、暑は寒になり、盛は衰に移り、富は貧に移ることをいう。したがって仏教はこの「輪廻転生」を脱して極楽に往生することを願い、儒教は天命を畏れて天に仕え、ゆるぎなく安定することを願うのである。
これに対して、私の教えるところは、貧を富にし、衰を盛にして、「循環」や「輪廻転生」を脱して、“富盛の地”に住まわせる道である。

(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉

ゆるぎのない安定というものが何によってもたらされるのか、尊徳先生は、丁寧に教えています。

果物の木が今年たくさん実れば、翌年は必ず実らないものである。これを世間で、「年切り」という。これは、「循環」「輪廻転生」の理でそうなるのである。そこで、「年切り」にならないように、毎年実らせるには枝を刈って、つぼみをつみ取って花を減らし、数回肥料を使えば、「年切り」にならずに、毎年同じようによく実るのである。人の財産に、盛衰・貧富があるのは、この「年切り」と同じ現象なのである。

親は勤勉なのに子は遊惰であるとか、親は倹約するのに子は贅沢をするとかいうように、家の繁栄が二代三代と続かないのは、いわゆる「年切り」であって、「循環」「輪廻転生」を脱していないからだ。この「年切り」にならないように願うのなら、草木の自然にならって、私の推譲の道を勤めなさい。

推譲というのは、倹約して生活し、余ったものをゆずる行為です。豊作になりすぎたら、次の年は不作になる。だから、倹約した結果、思った以上に利益が出たのなら、それは、地域、国家、将来にゆずることを説いています。このようにしたら、損失をこうむることなく、“富盛の地”に住むことができると教えています。

農業における“間引き”同様、“推譲”という行為で中の状態に維持することが長く繁栄するコツだと心得、分をわきまえて生活したいと思いました。

補足:分をわきまえるポイントは、「驕りと倹約の基準」で追って説明できたらと思います。

PS.税金は、推譲だと心得れば、利益が出たときに、脱税・節税など考えず、すすんで税を納められるということだと思います。(税金が正しく国家、国民のために使われていることが前提の話でしょうか。)


現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉

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