二宮尊徳の教え 其の一 天理と人道は別もの

天の理とは、たとえば春は生じ、秋は枯れ、火は乾いたところにつき、水は低いところに流れる、というように毎日常に変わらないことだが、それに対して、人の道とは、毎日人の力を尽し、保護して出来上がる。従って、人の道は、天道の自然に任せておけば、たちまち廃れてしまって行われなくなってしまう。だから人道というのは、情欲に心が支配されるときは成り立たないものである。

(参考:現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉

二宮尊徳(金次郎)は、弟子に上記のように語っています。

分かりやすく例えると(尊徳はたとえ話がとても上手)、広々とした海の上には道などないように見えるが、航路を定めてこれによらなければ、岩にぶつかってしまうだろう。陸上の道路も同じように、勝手気ままに行けば、物や人と衝突する。言語も同じように、思ったことをそのまましゃべれば、たちまち争いが生ずるのである。

人は人の道というものを、しっかりと意識し、見定めなければならないことを説いています。

人道というのは、欲望を抑えて感情をコントロールすることを勧めるときはじめて成立するものだということは、よくよくわかっておいたほうがいい。うまいものを食べたいとか、美しい服を着たいと思うのは自然な感情である。しかし、これにブレーキをかけ、我慢をして、家の財産の範囲にとどめることが大切だ。身体の安逸奢侈を願うこともまた同じ。好きな酒を控え、安逸を戒め、美食・美服の願望を抑え、自分の分限の内からさらに倹約して生じた余分を他人に譲り、将来に向けて譲るべきで、これを人道というのである。

二宮尊徳という人物は、有名なので名前だけは知っていましたが、「二宮翁夜話」という本を読むまで、その偉大な人物ぶりは全くと言っていいほど知りませんでした。恥ずかしい限りです。
報徳仕法という農村復興政策を指導し、江戸末期、600以上もの村の財政再建に貢献しました。この仕法の基本的な概念は、「分度」と「推譲」にありました。それぞれが「分」に応じた生活を守り、余剰分を村のため、国のため、将来のために譲る重要性を強調しています。

松下幸之助、豊田佐吉、渋沢栄一、安田善次郎など戦前生まれの日本人の精神的支柱となっていたと言われる二宮尊徳。

自分は、人道を如何に天理に近づけるかと考える傾向にありましたが、人道は天理と違うのだという指摘がとても印象的でした。現実の事に当たるには、人というものをもっともっと観察し、理解しなければならないと改めて感じました。また、この報徳仕法、まずは、何より我が家の財政再建に活用したいと思います。


現代語抄訳 二宮翁夜話―人生を豊かにする智恵の言葉

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