人間の気品 ― 人間の修養上、最大の難物である

森信三先生は一人の人間が出来上がる上で、最も重要な三大要素は「血、育ち、教え」である。と仰っています。

血とは、血統のことであり、遺伝。
育ちとは、その人の生い立ち。
教えとは、その人の心を照らす光。
家庭における躾は「育ち」に入るので、教えとは、家庭以外での教育である。
と説明しています。

森先生曰く、

一人の人間が出来上がるには、これらの三大要素がそれぞれ大切ですが、とくにこのうちの前の二つは、根強い力を持ち、それ故、この「血」と「育ち」に対しては、よほど立派な教えを聞き、さらにまた自分としても相当努めたつもりでいましても、この血と育ちに根ざした人間の「あく」というものは、なかなか容易なことでは抜けないのです。

国民教育者として、「教え」を大切にしている森先生だからこそ、あえて自分ではどうにもならない「血」や「育ち」の話しも出しました。

「血」、「遺伝」というものの強さを認めるということは、修養に取り組む者の出鼻を挫く恐れがあることを承知で三大要素の一部であり、とりわけ根強いものと断言しております。

それゆえ、血や育ちの良さからくる気品というものは、いわばおのずからというべきところがあり、一々自ら意識せずとも、おのずから立派な言動となります。
気品を身に付けるというのは非常に難しいことで、生涯修養しても身に付けることのできない者もいます。
むしろ、身に付けることができない者のほうが多いくらいです。

だからこそ、そうした気品ある人の所業を平素から良く観察することが重要であり、かつ、自らの言動の上における「血」や「育ち」からくる「卑しさ」に気付かなければなりません。

その気付きは「教え」によってもたらされます。

自らを照らす光である教えがあって、初めて自らの「卑しさ」「醜さ」に気付くことができると言います。

さらには、このような自分の醜さの因ってくるところが、遠くその血と育ちとに根差すものだということに気付くに至って、教えの光は、ようやく自己の骨髄に染み込みかけたというでしょう。と。。。

「血」と「育ち」に根差す人間の「あく」というものは、若い頃からよほどの決意を持ってその除去に取り組むのでなければ、おそらくは生涯かかっても、抜き去りえないでしょう。と。。。

森先生にしてここまで言わしめるのだから、相当の覚悟と努力がないかぎり、人間の「あく」抜きというのは困難なことなのだと思います。

しかし、ようやく自分の「あく」というものが掴めてきました。もう20代も終わりに差し掛かっておりますが、生涯をかけたあく抜き作業。抜ききるに至らなくとも、気付いた「あく」は取り除いていきたいと思います。

最後に、先生曰く。

気品とは人間の修養上、最大の難物である。

これは、多くの偉人を見た人物からも同じ言葉を聞きました。養いがたいもの。

気品には遠く及ばずとも、道しるべとして、比較対象の根本としてこれからも歩んで行きたいと思います。

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