算多きは勝つ、戦わずして勝つ

孫子の計篇の最後にこうあります。

夫れ未だ戦わずして廟算して勝つ者は、算を得ること多ければなり。
未だ戦わずして廟算して勝たざる者は、算を得ること少なければなり。
算多きは勝ち、算少なきは勝たず。
而るを況や算なきに於いてをや。
吾れ此れを以てこれを観るに、勝負見(あら)わる。

勝負は戦う前にはっきりしているということですが、日常の生活もまさにそのとおりだなと思います。

今日一日の生活、今年一年の生活、自分一生の生活。
日々がその日暮らし、場当たりで生活していると、それは全く勝ち目のない人生を歩んでいるようなものです。

人生に勝ち負けはありませんが、ここでいう「勝ち」とは自らの手で選択している(自発的な)人生か、選択させられている(受身的な)人生か。
ということです。

受身にならないためには、考えて自ら人生の先を制していかなければなりません。

先を制すというのも、実際の行動を何でもいいから起こしていくということでなく、その行動の原点になる志をしっかりと立て、かつ、達成するための手段をよくよく考えるということです。

一日の生活を、一つの行動をもっともっと考えていけるようにしなければならないと改めて反省します。

行動に移す前に詰んでいる。少なくとも頭の中ではそのようでありたいと思いました。

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