目に見えるものを正せずして―森信三「一語千鈞」

森信三先生曰く、、、

学校の再建はまず紙屑を拾うことから―。
次にクツ箱のクツのかかとが揃うように。真の教育は、こうした眼前の瑣事からスタートすることを知らねば、一校主催者たるの資格なし。

眼に見える物さえ正せない程度で、刻々に転変して止まぬ人間の心の洞察など、出来ようはずがない。

心を正そうとしたら、先ずカラダを正し、物を整えることから始めねばならぬ。クツを揃えること一つが、いかに重大な意味をもつか分からぬような人間は、論ずるに足りない。

偉大な教育者であった森信三先生一語千鈞の「生き方」から抜粋。

ゴミを拾う、クツを揃える。全て子供の頃に躾けられたことですが、いつの間にかゴミが見えたり見えなかったり、クツが意識されたりされなくなったり、と。非常に不確かな意識で生きていることに気付かされます。

ゴミは直ちに拾うもの。クツは必ず揃えるもの。
イスは机の下に戻すもの。トは開けたら閉めるもの。
一つ一つ目の前のことにどれだけ意識が働いているか。

改めて注意が必要だと感じました。

これは学校教育というだけでなく、一企業、一社会としても必要なことだということは、先の鍵山秀三郎氏が既に証明しています。

こうして考えてみると、自分は何を「意識」して生きているのだろうと呆れてしまうほどですが、些細なことから始めたいと思います。

追伸
物が多すぎるといけません。意識が散漫してしまいます。
身辺はシンプルで簡潔であってこそ、一つ一つにまで気を配ることが出来るのではないかと思います。

また、現代は何でもかんでも自動化されすぎていて、やりっぱなしでも後始末がされている状態というのも一つの原因なのかもしれません。
そう考えてみると、便利というのも過ぎると恐ろしいものがあります。

スポンサーリンク
レクタングル広告(大)
レクタングル広告(大)
スポンサーリンク
レクタングル広告(大)

コメントをどうぞ

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です