天皇―国民の平和を祈る無私の祭祀王

大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 國見をすれば 國原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ うまし國ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の國は

舒明天皇御製

西暦2009年とは、キリストが生まれた年を紀元とする暦のよみ方ですが、
日本の場合、初代天皇である神武天皇を紀元として、現在は皇紀2669年です。

天皇とはいったいどういう存在なのか。
知らないことが多過ぎたのでまとめました。

天皇は祭祀王である

天皇の最も重要な務めは祭祀を行うということです。
元旦の四方拝に始まって、祈年祭、春秋の皇霊祭、神嘗祭、
新嘗祭など、天皇は年間30回にも上る皇室祭祀を行われます。

古代の世界中の王は、豊作を祈り、平和を祈る祭祀王でしたが、
日本以外では全て滅びてしまい、今や天皇だけが世界に残る唯一の祭祀王となっています。

天皇は国民ではない

天皇はじめ皇室には、国民に与えられている様々な権利が認められません。
皇室には、性もなく、戸籍もなく、即位拒否や退位の自由もありません。
勿論、職業選択の自由も、婚姻の自由も、参政権も、社会保障(健康保険・年金)も、
居住地選択の自由も、経済活動の自由も、信教の自由もありません。

天皇、皇室に「自由」はないということです。
生まれながらにして、国民の平和を祈ることが使命付けられている存在ということです。

天皇は無私の存在

上記二点を踏まえると、天皇とは完全に「」の存在であり、
」というものがありません。

無私の存在である天皇が君主であるからこそ、日本には他国のような凄惨な歴史は皆無であり、
今日まで平和に反映してこれたとあります。

天皇を中心に据えた「支配なき統治」という世にも稀な国柄を保っている日本に誇りを感じます。

君主自らが「公」であり、一切の「私」がないという点も、他のどの国にもない高潔さを感じます。

自らもより「公」のために生きられればと思いました。

(補足)天皇とは「制度」ではない

「天皇制」という言葉が巷で聞かれることがありますが、
天皇は制度ではないので、天皇制という言葉は本来存在しないということでした。

「家族」は自然発生的に人間社会に存在し、
それに付随して法体系としての「家族制度」が作られています。
天皇や皇室にも、それに伴う「制度」が憲法や皇室典範に定められていますが、
あくまでも自然に形成された天皇の存在が主体であり、
憲法や皇室典範によって天皇が作られたわけではありません。
だから、天皇や皇室そのものを「天皇制」とは呼ばないということだそうです。

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