大きな過ちを犯さなくなる方法 習慣(決まりごと)の大切さ

習慣は第二の天性なり

習慣(決まりごと)には二つの良い面があると思っています。

一、習慣=継続=必ず力が付くということ
二、甘え、油断、慢心に気付くということ

一は、言わずもがな、良い習慣は必ず良い結果を導きます。
これは先人の教えであって、自分が体験したことではありません。
というのも、良い習慣を何年も継続している状態ではないからです…。
これから実証したい所存です(汗

しかし、二は、最近よくよく思うことであります。
致命的な失敗”というのは、甘え油断慢心があるとき、または、有頂天になっているときにやってきます。そして、どうやら自分はビックリするくらい甘えや油断や慢心があります。。。
どうやったらそれに由来する“致命的な失敗”を防ぐ事が出来るか、、、

それは、用心深くなることだと思います。

・甘えているのではないか?
・油断があるのではないか?
・慢心があるのではないか?
・有頂天になっているのではないか?

この問いかけを常に意識して、自分を省み、直ちに軌道修正できる人は素晴らしい人だと思います。

しかし、自分は意識レベルでの自省→軌道修正ということがうまくできません。
というより、その意識自体に甘えがある気がしています。

ならば、どうしたら用心深い人と同じように自分を省みることができ、日々の生活を戒め、改めることが出来るのかと考えたところ、自分のルールを設け、それを習慣にすることが重要だなと思いました。
意識(見えない)ではなく、行動(見える)で確認するということです。

例えば、「毎朝6時に起きる」と決めて、そのルールに則り生活をします。
6時に起きられなくなってきたら、それは自分のどこかに甘えや油断、慢心が存在してきた兆候だと判断します。

また、同じように「翌日仕事がある日はお酒は飲まない」と決めたら、そのルールを継続します。
「まぁ今日はいいか。」「一口なら飲んでないのと一緒だ。」「ある程度習慣にもなったし、少しなら問題ないだろう」と頭をよぎると、それはもう甘えであり、油断であり、慢心です。

習慣(決まりごと)にすることによって、決めた事を「破りそうになってしまっている自分がいる。」
「守れない自分がいる。」と目で見てハッキリと簡単に気付くことが出来ます。
これが自分を省みえる動機になります。

自省は、単にルールを守れていないことだけに及ばず、今は上手くいっているであろう仕事や、家庭や、健康や、、、諸事もろもろ省みることができます。

この甘え、油断は「どの綻びに繋がっているんだ?」と身を引き締めることができます。

千丈の堤も、螻螘(ろうぎ)の穴を以て潰(つい)ゆ、百尋(ひゃくじん)の屋も、突隙(とつげき)の煙を以て焚く。

訳:長大な堤防も、オケラやアリの作った穴から壊れ、城のように大きい家も煙突の隙間から出る火の粉で焼けてしまう。

わずかな手落ちや油断から、大事に至ることがあると淮南子の人閒訓にも記されています。

自らを省みる機会を与えるために、自分の決まりごとを習慣として、しっかり継続させ、油断、慢心のない生活を送りたいと思います。

追伸
習慣(継続)のポイントは「期限」を設けることだと思います。
初めから一生のルールにしてしまうと精神的に厳しいと思います。
一定期間ルールに則った生活ができると次第に期間が延長されます。
ルールに則ることが達成感に繋がり、継続できたことをより継続させたくなるのは一つの心理的な働きでしょうか。

期限を決めて実行するということが大切だなと感じました。


淮南子の思想 老荘的世界 (講談社学術文庫)

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