炎の陽明学~山田方谷伝~ を読んで2/3

炎の陽明学、第2章からいよいよ藩政改革が始まります。

方谷が藩の元締め役兼吟味役(財務大臣)を任せられた当時、藩の財務状態は、実高2万石で10万両の借金+利子が毎年約1万両ずつ増えていく悲惨な状態でした。

藩政改革者として有名な上杉鷹山は、実高15万石の米沢藩で、20万両の借金を100年近くかけて返済しました。(存命中には果せず)

上記の例を見ても、2万石で10万両の借金というのは当時大変なものだったことが伺えます。

方谷はなんと、この借金を8年足らずで完済、かつ、10万両のプラスに変えてしまいました。

なぜ、このような改革を達成することができたのか、その能力を本書から三点挙げてみたいと思います。

一、人の心を汲み取る能力・人情の機微を捉える能力

農商出身者が藩の財務責任者になるという大抜擢により、藩政に携わる上級武士からは妬みを、改革に伴う大々的な倹約令により、民からは恨みを、、、このような状態で改革を成し遂げるには、人情を察し、相手を立てる能力がなければ、誰も従ってくれません。

二、ケーススタディ・歴史に学ぶ能力

ただの儒学者では、財政改革はとても為しえません。方谷が凄いのは、幼い頃からの勤勉さによって、中国歴代の財政改革への造詣も深かったことにあります。現代で言えば、MBAのケーススタディのようなものでしょうか。人は知っていれば、ある程度対応できるもの。未知との遭遇をなるべく回避するために、歴史から学ぶのだと思います。

三、デモンストレーション能力

絶望的な改革を成功させるためには、内外の士気を高めそれを維持する必要があります。方谷は、前例の無い様々なデモンストレーションを継続的に行い、藩政に関わる者、また民衆の意識を鼓舞し続けて改革に取り組みました。

一例をあげると、

当時、信用が地に落ちた紙屑同然の藩札を民から買い取りかき集め、それを一日がかりで、全て燃やし尽くす。というイベントです。これには、藩の内外から人が群がり、もったいない、もったいないと言いながらも、面白半分。その火を見つめたそうです。
このデモンストレーション直後に発行した新藩札は、民の信頼を得て広く普及し経済の潤滑油となったという逸話があります。

現代資本主義の視点からみるとこの改革は目新しくないのかもしれませんが、まだまだ金本位制度であった当時、この偉業を成し遂げたのには脱帽です。

偉人の生き様」だけではなく、現代の問題を解決するための、「ケーススタディ」も今後学んでいく必要があると、改めて歴史に学ぶ重要性を実感しました。

また、「人情の機微」は松下幸之助翁も相当に気を配られた点。人との関係で生きている世界。人の心を汲み、自分より人という精神を養わなければと思いました。

デモンストレーション能力というのは、新しい気付きです。
なるほど確かに。事を起こすとき、萎えそうな気持ちを鼓舞し継続させるとき、反発がおきると予想されるとき、、、それぞれ、かなりのエネルギーが必要だったり、エネルギーの矛先を変化させる必要があったりします。そういったエネルギーの操作をデモンストレーションを通じて行ったというのは非常に勉強になりました。

まだまだ歴史から学ばなければならないことが多くありそうです。
今後も、より一層精進していきたいと思いました。


炎の陽明学―山田方谷伝

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