佐藤一斎に学ぶ 聖人は欲を善処に用う

110、聖人は欲を善処に用う

人は欲がないわけにはいかない。
この欲が悪をする。天は既に人に善なる本性を与え、
その上にこれを乱すものとして、欲という悪を付け加えた。
天はどうして、初めから欲を与えずにおかなかったのか。
果たして欲は何の役に立つものか。

一斎先生は、欲は生きた人間の生気であって、
この欲があって人間は生き、これがなくなれば死ぬと言っている。
欲気が体内に広がって、身体の穴や毛孔から漏れ出る。
それで身体をしてその欲望を盛んならしめる。
これが悪に流れさせる理由である。

佐藤一斎およそ生物は欲がないわけにはいかない。
ただ、聖人はその欲を善いところに用いるばかりである。
孟子は、「欲す可き、之を善と謂う」と言った。
孔子は、「心の欲する所に従う」と言った。
瞬は、「予をして欲するに従い以て治めしめよ」と言った。

このように聖人は皆、欲の本来の意味を十分に理解して、
善い方面に利用したと言いうる。

「欲」について、このように一斎先生は説いています。

欲は生気、人が生きていくために必要なものです。
ただ、欲は「己」が生きる力ゆえに、そのまま欲望を膨らませ、
解き放つと、行き過ぎ、結果悪に流れます。

この「我欲」とも言うべき、己を生かすための欲を、
大欲」「公欲」のように、世のため人のために活かすという方向で使っていければと思います。

ただ、聖人のように心の欲するままに従って善という境地にはなかなか至れません。

孔子にして、「七十にして心の欲する所に従へども、矩(のり)を踰(こ)えず」とあるように、
日々の意識、努力を積み重ねなければと思いました。

言志四録(1) 言志録 (講談社学術文庫)

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