佐藤一斎に学ぶ 花

92、花-已むを得ずして発するもの

佐藤一斎已むを得ざるに薄(せま)りて、而(しか)る後に
諸(これ)を外に発する者は花なり。

準備万端ととのって、やむにやまれなくなって、
蕾(つぼみ)を破って外に咲き出すのが花である。

花は人に褒められるために咲くのではない。
蜂や蝶のために咲くのでもない。
自然に木や草の精気がこり固まって、やむを得ずして咲くものだ。

吉田松陰が、
かくすれば かくなるものと 知りながら やむにやまれぬ 大和魂
と歌ったのも、内にみなぎる大生命の発露であろう。

我々の仕事や作品や行動も、内からほとばしり出る、
やむにやまれぬ精神の発露の場合、
それは、外からは花の如く美しく見えるものである。

一斎先生が言わんとしていることを、句にするならば、
このようになるのかなと訳者の感性にも敬服しました。
松陰先生の句の力強さが伺えます。

まさに、花の如く、松陰先生の如く、大生命の発露という生き様、
“天晴れ”と言わんばかりの生き様にあこがれます。

少しでも、純粋に、真っ直ぐに生きられるよう、日々、己を見つめながら、
鋭気を養い、溢れ出さんばかりに発露させていければと思いました。

言志四録(1) 言志録 (講談社学術文庫)

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