佐藤一斎に学ぶ 実学二則(本を読むことだけが学びではない)

58、実学二則 その二

佐藤一斎山岳に登り、川海を渉り、数十百里を走り、時有ってか露宿して寝ねず、
時有ってか餓うれども食(くら)わず、寒けれども衣(き)ず、
此は是れ多少実際の学問なり。
夫(か)の徒爾(とじ)として、明窓浄几、香を焚き書を読むが若き、
恐らくは力を得るの処少なからむ。

山に登り、あるいは川を渉り、海に船出し、時には七、八十里の遠き旅をし、
時には野宿してよく眠れないこともあり、食物がなくなってひもじい思いをしたり、
時には寒さに遭っても衣類の用意がなかったりすることがある。
しかし、これらのことは、実際の学問で、
(心身の鍛練になり、また人情の機微に触れたり)大いに役立つものである。

これに比べると、何事もしないで、明るい窓辺で、綺麗な机に向って、香をたき、
書を読むようなことは、実際の力をつけることは少ないであろう。

知識を入れるだけでは何の学びにもならない。
実際の学問とは呼べない。という教えを一斎先生も説いています。

時には、生の体験から得られることが、机上の勉強から得られることより、
力になったりすることがあります。

また、「本当に学問するとはどういうことか」という
気付きが体験を通して得られることがあります。

心を素直に保っていれば、学びはいたるところに存在します。

実学で得ることが出来る、一番大切な学びは、
訳者が補足している、「人情の機微」ではないかと思います。
これは、論語で学べるかといったら、そうではありません。

生の人と人との真剣な付き合いを通じて、
少しずつ理解できるものだと思います。

この「人情の機微」を捉える能力はとても大切だと思います。
松下幸之助翁は、この「人情の機微」というものをよく捉えていたと聞きます。

しかし、自分には、その能力が不足していると感じることが多々あります。

多くの実学、出会いを大切にして、
「人情の機微」というものを肌で感じ、繊細に、敏感に反応していきたいと思いました。


言志四録(1) 言志録 (講談社学術文庫)

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