佐藤一斎に学ぶ 気力を沸き立たせる源

西郷隆盛が自らのバイブルとした、佐藤一斎著「言志四録」。
その一「言志録」5、6、7の内容は、まるで橋本左内の啓発録、2、3、4に該当するように思えます。
佐藤一斎、橋本左内生まれ年は全く違えど、没年は同じ、1859年。これも何かの縁でしょうか。

5、憤の一字

佐藤一斎墳の一字は、是れ進学の機関なり。
舜何人ぞや、予(われ)何人ぞやとは、方(まさ)に是れ墳なり。

発憤するの“墳”の一字は、学問に進むための最も重要な気力の源だと考えます。

橋本左内が「二、気を振るう」といった章での、“負けじ魂”、“恥辱を知ってそれを悔しく思う気持ち”と通じると思っています。

孔子の高弟、顔淵が「舜も自分も同じ人間ではないか」(成らんとする志さえあれば、自分だって瞬(中国の聖人)のような人物になれるぞ)といったことは、まさに“墳”ということであると思います。

「自分はなれる!」「やれる!」と思うか

「自分はとても成れない」「やれない」と思うか

これが、人間一生の分かれ道と知り、やる前からやれないと諦めることのないよう、気を振るいたてる“墳”の心を養いたいと思いました。

吉田松陰を育てた、村田清風は富士山を見て歌いました。

来てみれば さほどでもなし 富士の山
釈迦や孔子も かくやありなん

人には常に謙虚な姿勢で相対し、自身は、己を常に情けないと思いながらも、この歌のような心持ちでありたいと思います。


言志四録(1) 言志録 (講談社学術文庫)

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